#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第29章 ひと組みずつ 9偈、10偈

9 諸の欠点を断ち、ターラ樹葉の尖(さき)のように根絶やしになり、憎しみをのぞき、聡明である人、___かれこそ「端正な人」とよばれる。

(ダンマパダ263 これを断ち、根絶やしにし、憎しみをのぞき、聡明である人、___かれこそ「端正な人」とよばれる。)


10 欺いて、吝嗇(けち)で、偽る人は、ただ名前とかたちだけでも、美しい容貌によっても、「端正な人」とはならない。

(ダンマパダ262 嫉みぶかく、吝嗇(けち)で、偽る人は、ただ口先だけでも、美しい容貌によっても、「端正な人」とはならない。) 


(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「端正な人」について、以前次のように解説しました。
https://76263383.at.webry.info/200907/article_4.html

「端正な人」とはパーリ語の「サードゥルーパ」の訳ですが、「きちんとしていること。行儀や姿が整っていて、乱れたところがなく、立派でこと。」と辞書にあります。外見から判断される様子を示す言葉のようです。ですが、ブッダは「サードゥルーパ」は外見よりも、内面、心のあり方をについて述べられています。つまり、弁舌爽やか、容姿端麗ということではなく、嫉妬深く、吝嗇、狡猾な心を根絶して、除去し、怒りを吐き出した人が「端正な人( サードゥルーパ)」だと述べておられるのです。

これらの偈を読むと、論語の「巧言令色鮮なし仁」(こうげんれいしょくすくなしじん)という言葉と、老子の「信言は美ならず」(しんげんはびならず)という言葉を思い出します。昔の聖者、賢者と言われる方々は同じようなことを言っています。

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