#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第29章 ひと組みずつ 15偈、15A偈〜15E偈

15 つねにこの世のものを浄らかだと思いなして暮らし、感官を慎まないで、食事の節度を知らず、目ざめているときに下劣な者は、情欲にうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるようなものである。

(ダンマパダ7 この世のものを浄らかだと思いなして暮らし、(眼などの)感官を抑制せず、食事の節度を知らず、怠けて勤めない者は、悪魔にうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるように。

15A つねにこの世のものを浄らかだと思いなして暮らし、感官を慎まないで、食事の節度を知らず、目ざめているときに下劣な者は、怒りにうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるようなものである。

15B つねにこの世のものを浄らかだと思いなして暮らし、感官を慎まないで、食事の節度を知らず、目ざめているときに下劣な者は、迷妄にうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるようなものである。

15C つねにこの世のものを浄らかだと思いなして暮らし、感官を慎まないで、食事の節度を知らず、目ざめているときに下劣な者は、慢心にうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるようなものである。

15D つねにこの世のものを浄らかだと思いなして暮らし、感官を慎まないで、食事の節度を知らず、目ざめているときに下劣な者は、貪りにうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるようなものである。

15E つねにこの世のものを浄らかだと思いなして暮らし、感官を慎まないで、食事の節度を知らず、目ざめているときに下劣な者は、愛執にうちひしがれる。___弱い樹木が風に倒されるようなものである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

感興のことば(ウダーナヴァルガ)には、15偈の次に、15A、15B、15C、15D、15Eと五つ偈が続きます。内容は15偈の「情欲にうちひしがれる。」の部分が、怒り、迷妄、慢心、貪り、愛執に変化しているのみです。ですから、15偈を理解し、怒り、迷妄、慢心、貪り、愛執などの煩悩と言われるものが理解できれば、これらの偈をわかったと言えます。
さて15偈ですが、「この世のものを浄らかだと」思うことについて、私の過去のブログでは、世の中のものを主に肉体と考えて、肉体は不浄なものであるという記述を多くしてきました。

ゴータマ・ブッダの言葉にもそのようなものが多くあります。私は理解が浅かったということがありますが、ゴータマ・ブッダは、衆生が肉体の感覚に執着し、快楽を好み、お美味しいものに執着することが多いので、このように説いたのです。

しかし、この世のもの実体は、不垢不浄(ふくふじょう)なのです。よごれてもなく、浄らかでもないのです。それがわかれば、世の中のものに執著することがなくなります。






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