#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第29章 ひと組みずつ 11偈、12偈

11 端麗な容貌によっても、動作を見ることによっても、いかなる人(の心)も識り得ない。この世ではよく身を慎しんでいる人のように見せかけて、(その実は)慎しみの無い人々が、その世を闊歩している。

12 まがいのものもあり、香煙をあびた耳輪のようなものもある。金のメッキがしてある半マーシャ(重量の名)の銅のように、或る人々はつき従う仲間をつれて歩き廻っているが、内心は不浄で、外側だけ立派なのである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

衆生は、端麗な容貌や優雅な動作を望んでいるのでいて、人の心の状態に関心がないのです。ですから、端麗な容貌によっても、動作を見ることによっても、いかなる人(の心)も識り得ないのです。

仏は、外見には興味がありませんから、人の心がよくわかります。

「この世ではよく身を慎しんでいる人のように見せかけて、(その実は)慎しみの無い人々が、その世を闊歩している」ことがよくわかります。

世の中には、まがいのものが多いのです。内心は不浄で、外側だけ立派なのです。本物の内心は清浄なのです。