#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第29章 ひと組みずつ 57偈

57 前を捨てよ。後を捨てよ。中間でも棄てよ。生存の彼岸に達した人はあらゆることがらについて心が解脱していて、もはや生れと老いとを受けることが無いであろう。 

(ダンマパダ348 前を捨てよ。後を捨てよ。中間を棄てよ。生存の彼岸に達した人は、あらゆることがらについて心が解脱していて、もはや生れと老いとを受けることが無いであろう。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「前を捨てよ。後を捨てよ。中間でも棄てよ」の、前と後と中間とは何かについて、約10年前にコメントしています。
https://76263383.at.webry.info/201007/article_3.html

前を過去とすれば後は未来で中間は現在になりますが、前を未来にすれば後は過去で中間は変わらずに現在になります。どちらでもよいのです。どちらも、妄想ですから。

普通、仏教では過去・未来は頭の中にある妄想で、実際にあるのは現在だと言います。それで、「今に生きろ。」などと言います。しかし、この偈では、「中間でも棄てよ。」と述べています。これは、衆生は現在についてもいろいろ妄想して、正しく見ていないからです。

「生存の彼岸に達した人」とは解脱して、すべての束縛を捨てた人ですが、このような人はこの世を正しく見ているのです。

「生れと老いとを受けることが無い」とは、輪廻転生を繰り返すことがないということです。




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