#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第29章 ひと組みずつ 39偈

39 愚人は束縛によって迷っているが、賢者は束縛を断ち切る。聡明な人は束縛を取りのぞいて___ここに神々と人間とのすべての束縛を断ち切って、あらゆる苦しみから解脱する。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

今日は、束縛について解説します。ダンマパダ345、346を引用します。

「 鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)を、思慮ある人々は堅固な縛(いましめ)とは呼ばない。宝石や耳環・腕輪をやたらに欲しがること、妻や子にひかれること、___それが堅固な縛である、と思慮ある人々は呼ぶ。それは低く垂れ、緩(ゆる)く見えるけれども、脱れ難い。
かれらはこれをさえも断ち切って、顧みること無く、欲楽をすてて、遍歴修行する。」

つまり、鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)も縛ではあるけれども、堅固な束縛ではないと述べています。一方、宝石や耳環・腕輪をやたらに欲しがること、妻や子にひかれることは堅固な縛だと言っています。

それは、なぜか? 鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)は、外部の縛なのです。自分でもそれが縛であるとわかるのです。しかし、宝石や耳環・腕輪や妻子は内部の縛なのです。自分ではそれが縛であるとわからないのです。ですから、自分でその縛を外そうとしないのです。それで、それが堅固な縛であるというのです。それから解放できず、それから自由になれないのです。

内部の束縛には、宝石や耳環・腕輪や妻子など形のあるものもありますが、形のない概念(思い込み)があります。衆生はこの概念に束縛されています。善悪も概念です。衆生は善悪の概念に束縛されています。

また、衆生はお金によって苦しめられていますが、お金の本質は概念です。この概念から解放されて、自由になったらよいでしょう。それはできることです。