#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第30章 楽しみ 31偈

31 この世における愛欲の楽しみと、天上の楽しみとは、愛執を滅ぼした楽しみの十六分の一にも及ばない。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)

(ウダーナ2・2 この世における愛欲の楽しさも、天界における楽しさも、渇愛(渇きのごとき強い欲望)の尽きた楽しさの十六分の一にも値しない、と。)

(渡辺愛子訳「原始仏典 第八巻 ブッダの詩II」講談社より引用しました。)


*法津如来のコメント

パーリ語の感興のことば(ウダーナ)の第2章の2の経の偈の前文には、次のようなことが書いてあります。

世尊の弟子たちが、「マガタ国のセーニヤビンビサーラ王とコーサラ国のパセーナディ王とではどちらが裕福だろう、どちらが財産が多いだろう、どちらの軍隊が強いであろう」等と雑談していました。その時、世尊は修行者はそのようなことをを話してはいけないと言われ、上記の偈を唱えたということです。

つまり、王様ような権力があり、裕福な人々の楽しみよりも、愛執を滅ぼした人々の楽しみは非常に想像もできないほど大きいのだから、そんなくだらないことをはなしている場合ではないと説かれたのです。

この偈の内容は、昨日引用した30偈の内容につながるものです。

「つまらぬ快楽を捨てることによって、広大なる楽しみを見ることができるのなら、心ある人は広大な楽しみをのぞんで、つまらぬ快楽を捨てよ。」

「十六分の一」とは、半分の半分の半分の半分です。量を具体的にイメージできるような表現です。



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