#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第30章 楽しみ 18偈、19偈

18 満足して教えを聞き、真理を見る人が、独り離れているのは、楽しい。世の中で、生きるものに対してみずからを制して殺さないのは楽しい。

19 世にあって、情欲を離れ、諸の欲望を超えているのは、楽しい。「おれがいるのだ」という慢心をおさえよ。これこそ最上の安楽である。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)

(ウダーナ2・1 法を聞き、正しく見、満ち足りている者がひとり静かにいるのはのは楽しい。この世の生きとし生けるものを自制心をもって傷つけないことは楽しい。世間に対する貪欲を離れ、欲望を超えていることは楽しい。うぬぼれを払い去る、これこそが無上の楽しみである。と。)

(渡辺愛子訳「原始仏典 第八巻 ブッダの詩II」講談社より引用しました。)

*法津如来のコメント

パーリ語のウダーナの2章2の経によれば、世尊(ゴータマ・ブッダ)が解脱後7日間、解脱の楽しみに浸っておられるとき、季節はずれの大雨が降った。その世尊の身体をムチャリンダという竜王が自分の身体で守ったそうです。7日後空は晴れ、竜王は青年の姿になり、世尊の前に立ち、合掌して世尊に敬礼しました。世尊はそのことを知って、上のウダーナ(感興句)を唱えたということです。

ということで、世尊がご自分の解脱後の満足を表現された言葉です。

もう少し砕いて言えば、

法の句を聞き、「真理を見る人」とは解脱知見を得た人という意味で、一人でこの状態を感じているのは楽しい。どんな生き物も、どんな人々も悲しませないことは楽しい。この世のどんなものにも執著がないのは、楽であり、楽しい。「おれが、おれが」という自意識がないのは、以前は不思議に思っただろうが、楽であり、楽しい。無上の楽しみであり、比べるものがない楽しみであるということです。