#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第30章 楽しみ 38偈、39偈

38 この世で教えをよく説き、多く学んで、何物をももたない人は、楽しい。見よ! 人々は人々に対して心が縛られ、何物かをもっているために(かえって)悩んでいるのを。

39 この世で教えをよく説き、多く学んで、何物をももたない人は、楽しい。見よ! 人々は人々に対してかたちが縛られ、何物かをもっているために(かえって)悩んでいるのを。
 
(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)

(ウダーナ2・5 法を究め、よく教えを聞く者は無一物であっても楽しい。人が何かを所有してかえって悩んでいるのを見るがよい。人は人に縛られているのが常である、と。)

(桜部建訳「原始仏典 第八巻 ブッダの詩II」講談社より引用しました。)


*法津如来のコメント

「何物をももたない人」がすべて楽しいわけではありません。多くの人々は、何かを持っていないから苦しいのだと思っています。また実際に苦しんでいるのです。

この偈は、「この世で教えをよく説き、多く学んで」とまたウダーナ2・5の偈でも、「法を究め、よく教えを聞く者」と条件をつけているのです。

法を究めた人は、「無一物中無尽蔵」ということを知っているのですから、そのことが楽しいのです。すべてが「その通りだ」と見えるから楽しのです。

「無一物中無尽蔵」については、ネットで検索してください。いろいろな方がいろいろ説明しています。はじめはなかなか納得いかないでしょうが、その気になれば、わかってきます。

それがわかると、「何物かをもっているために(かえって)悩んでいる」とことがわかるでしょう。