#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第31章 心 15偈

15 屋根を粗雑に葺いてある家には雨が洩れ入るように、心を修養していないならば、貪ぼりが心に侵入する。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) 


*法津如来のコメント

「貪る」とは、「満足することなく、欲しがる」ことですが、これも心を修養すなければ、すなわち考え方を変えなければ、貪りが現れます。

例えば、多くの人々は甘いものが好きですが、これは砂糖が好きだということです。しかし、砂糖は毒である(ネットなどで調べてください。)と知ったら、どうするでしょうか?

ちなみに、砂糖にはアルコールや覚醒剤などと同様に依存性があります。

今までは、砂糖は甘くて美味しいと考えていた人が、砂糖は美味しいけれでも、取りすぎを控えるでしょう。砂糖を貪ることをやめるでしょう。(依存性がありますから、やめようと思ってもやめられないという危険性もあります。)

しかし、しっかりと心を修養して、しっかり考え方を変えるならば、砂糖を含む食物を貪ることをやめるでしょう。

同様に諸々の貪りの対象は、心をそれに依存させ、束縛するのです。しかし、それが毒(危険)であるという考え方に変えるならば、心は貪りの対象から解放されるでしょう。




この記事へのコメント

HK
2020年02月16日 09:10
自分は甘い物が大好きで
中々やめられないでいます。

はちみつやメープルシロップを駆使して
摂取する砂糖の量はなんとか減らせても、
「"甘い物"を取りたい!」という
衝動そのものから脱出、自由になるには、
長年お菓子をバクバク貪り続けた私は
まだ時間がかかりそうです。

瞑想をする習慣がついて
日頃から感覚への気付きが敏感になり、
甘いものを欲しがる時の自分が
どんな状態なのか少しわかってきました。

注意深く観察すると
微かにストレスを感じていたり、
微妙に落ち着きがなくなって
そういう時、なにか刺激(感覚)が欲しくて
その衝動を満たそうと甘いものを
サッと口に入れるパターンが
出来上がっているのを発見できました。

そんな行為を今までの人生で
何万回と無意識に繰り返したのだから
強い業となって輪廻が出来上がり、
だから抜け出しづらい
苦しみのサイクル(地獄)に居るんだな~
と、最近はなんでも仏教的に
考えるようになっちゃいました。

たかが甘党なくらいで
地獄だなんて大げさな...とは思いますが、
これも放っておけば
のちに糖尿病や生活習慣病という
大きな悪果となるわけですから、
なんでも小さい芽のうちに(出来れば種子のうちに)
摘み取ったほうがいいですよね♪

目指せ、甘いもの解脱!!


気づきさえすれば手はいくらでも打てるので、
甘いものが欲しい衝動に気づいたら
野菜ジュース飲んでごまかすなり
どうせほっとけば感覚なんて
変わるんだから忍耐してほっとくなり
甘いものを味わうんじゃなくて
それが欲しくなる衝動(感覚)自体を
味わって観察してみるなり
色々やってます。
法津如来
2020年02月16日 20:10
HKさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

今回のあなたのコメントは、あなたの修行の様子が伺い知れて、好ましく思えました。
ただ、甘いものだけでなく、その他のあなたが好ましいと思っているものにも注意を向けてください。
いろいろな発見があると思います。