#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第31章 心 16偈

16 屋根を粗雑に葺いてある家には雨が洩れ入るように、心を修養していないならば、愛執が心に侵入する。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) 


*法津如来のコメント

すべての苦しみは、執著から生じます。すべての執著がなくなることを解脱と言います。ですから、解脱すれば、すべての苦しみがなくなるのです。

執著には、愛執と我執があります。愛執は私のものという思い・考えです。我執は私が一番大切という思い・考えです。

この世に生命が生まれた時、何も持たずに生まれました。本来どんな生命も自分のものなどないのです。

自分の肉体といえども、母の卵子と父の精子の合体ででき、母の乳と自然界からの食べ物を食べて、成長したのですから、自分のものではないのです。ですが、いつのまにか自分のものという思い・考えをもつようになります。

そして、いつのまにか、自分のものをもっと欲しい、失いたくないと思うようになります。しかし、欲しいものが自由に得られるとは限らず、持っているものも壊れたり、変化するのです。これは苦しみなのです。

他の生命も自分と同様に思い、自分が一番大切だと思っていますから、欲しいものを取り合って、争いが起こることもあります。これも苦しみです。

心を修養して、愛執(私のものという思い・考え)と我執(私が一番大切という思い・考え)をなくすならば、苦しみがなくなります。

最後に、「私が一番大切という思い・考え」は、他の人も、自分と同様にそのように考えていることをよく知って、他の人の思い・考えるを尊重することが大切であることを申し添えます。


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