#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第31章 心 29偈

29 心を流し去る三十六の激流があれば、その波浪は、悪しき見解をいだく人を貪欲に根ざした想(おも)いによってその人を漂わし去る。___ 

(ダンマパダ339 快いものに向って流れる三十六の激流があれば、その波浪は、悪しき見解をいだく人を漂(ただよ)わし去る。___その波浪とは貪欲にねざした想(おも)いである。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) 


*法津如来のコメント

ダンマパダ339については、過去に解説しています。その一部を引用します。
https://76263383.at.webry.info/200810/article_17.html

(以下引用)
渇愛には三種類あります。
1.愛欲 : 色、声、香、味、触の五欲に対する渇愛(欲しい欲しいという思い)
2.有愛 : 生存に対する渇愛(生きたいという思い)
3.無有愛 : 虚無への渇愛(破壊したいという思い)

 眼において上記の三種類の渇愛があります。同様に、鼻、耳、舌、身、意にそれぞれ三種類ありますから十八種類の渇愛があります。
 渇愛の対象として、色、声、香、味、触、法で渇愛が分類されますから、ここでも十八種類の渇愛があります。
 以上により、十八に十八を加えて三十六の渇愛があるというわけです。

 これらの多数の渇愛はすべて快楽を求めて流れ、執着になるのです。そして苦しみを作り、輪廻の原因になるのです。

(以上引用)
岩波文庫「ブッダの真理のことば・感興のことば」の「快いものに向って流れる三十六の激流」の注にもいろいろ書いてありますが、最後に「ともかく多数の情欲を意味する。」とありますから、そのように理解すればよいのです。

多数の情欲があれば、その想いの波動によって、その想いを肯定する人を、混乱させ、苦しめるということです。輪廻を信じる人にとっては、輪廻の原因になるということです。





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