#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第32章 修行僧 38偈

38 すべての生存は無常であり、苦しみであり、変滅するものである。明らかな知慧をもって見る人には、すべてのものは滅び、何ものをも喜んで受けることがない。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

無常とは、変滅するものであるということです。

「すべての生存は無常であり、苦しみであり」とは、無常に抵抗し、受け入れないことが苦しみであるということです。

無常に抵抗せず、受け入れれば、苦しみではありません。しかし、それは凡夫にはできないことです。明らかな知慧をもって見る人ができることなのです。

明らかな知慧をもって見る人には、何ものをも喜んで受けることもありませんが、嫌がることもありません。

最近の私の身体の状態で言えば、熱が出て、体がだるいという感じはありましたが、これがいつまでも続くものではない、変滅するものであると確信していました。その経過をゆっくりと観察していました。実際に今朝の体温は36.1度で、体調も平常に戻り、ピークは過ぎたという感じです。まだ、鼻の左側は少し腫れがあり、すこし赤く、押すと痛みはあります。このようなものです。

ご心配くださった皆様には感謝申し上げます。





この記事へのコメント

後藤
2020年04月14日 06:44
おはようございます。
コロナウイルスは油断禁物です。
仮にコロナに罹っていたとして、軽症化したとしても、再び病状が顕在化する可能性もあります。
どうぞ、今後ともお気を付け下さいませ。


斉木広之
2020年04月14日 08:45
斉木広之
2020年04月14日 08:58
今の現状を今の段階で隈無く自分に置いて受け入れ、それが将来を過去の経済から見通して、

もしかしたら、生きていけない

もしかしたら、過去の経験から予測して、生き延びても過去最悪の苦しい状況状態だろう

と考えるかもしれない

しかし変滅する執着は終点の駅です。この先線路はなし、この線路はもうない。

あの線路、を求めても、迷いの生存、終わってはまた次の繰り返し
斉木広之
2020年04月14日 09:14
山に立つ木

台風で倒れた姿は当たり前の光景

倒れてもまだ生きようとしてる木の光景も当たり前

何かのせいにしない木の光景も当たり前

たとえそれが

街に植樹された木でも

木にとっては悪人はいない

どこであろうと

いまここで生きようとしてるだけ

その今ここもなくなったら

生きようもなくなった

その光景は当たり前である

この木にとって迷いの生存はない

この木にとって執著の条件はない

今の法津如来にとって迷いの生存はない執著の条件はないと自覚は法津如来のものであろう
斉木広之
2020年04月14日 09:33
人は無常です

自分は無常です

明らかな知恵をもって見るとき

この知恵も自分にとっては無常です。忘れるからです

しかし経験がものを言う

失敗まではさせない

失敗しかけても経験がものを言う

無常に置いて忘れていても、それ故失敗しかけても経験がものを言う
斉木広之
2020年04月14日 09:41
苦の経験がものを言う

苦がものを言う

死ぬほどの苦しみがあっても必ず最後は死にます。

大丈夫なんです

必ず大丈夫なんです
斉木広之
2020年04月14日 09:46
必ず死ぬ

これが一番の幸福です

無常だから

死ぬほどの苦しみでも、必ず終わる。
斉木広之
2020年04月14日 09:57
自分を大切に思ってくれる

自分を大切に思ってくれない

どちらも喜んで受け取れません

無常を束縛されるからです

与えられて喜ぶのは

自由です

貴方は自由にしていいよ

と与えられると安堵があります

無常でいいんだ自分はと
斉木広之
2020年04月14日 11:41
心は気持ちは思いは



と考えればいい

斉木広之
2020年04月14日 11:48
風はふけばあるんです

風は移動すればあるんです

風は移動しなければないんです

風はふかなければないんです
斉木広之
2020年04月14日 11:59
無常は喜んで受けることがない🙇

無常はしみじみと感じる

法津如来🙇

そのようでよろしいでしょうか🙇