#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第33章 バラモン 8偈

8 螺髪を結んでいるからバラモンなのではない。氏姓によってバラモンなのでもない。生れによってバラモンなのでもない、と伝えられている。大きかろうとも小さかろうとも悪をすべて除いた人は、諸の悪を除いたのであるから、<バラモン>と呼ばれる。
 
(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

この偈の前半の「螺髪を結んでいるからバラモンなのではない。氏姓によってバラモンなのでもない。生れによってバラモンなのでもない、と伝えられている。」は、7偈と同じです。

今日は、後半の「大きかろうとも小さかろうとも悪をすべて除いた人は、諸の悪を除いたのであるから、<バラモン>と呼ばれる。」について、話します。

ここで問題になるのは、「悪とは何か?」と「悪をすべて除いたとは何か?」です。

「悪とは何か?」とは、難しく考える必要はありません。それは、自分と他人を苦しませることです。

それならば、「悪をすべて除いたとは何か?」は、自分と他人を苦しませることがなくなったということです。

これは修行の完成です。人間の最高位の真のバラモンと言えるのです。





この記事へのコメント

自分
2020年05月13日 09:42
大きな怒りも

小さな怒りも

真に理解する法則を破り

冤罪という悪を生む

最低、最悪、の結果を生む。
自分
2020年05月13日 11:11
リスクゼロならば

一切誰に対してもどんな時だろうが、

微塵も瞬間も自分の中に怒りを発生させない

なぜなら、冤罪ほど恐ろしいものはない。

微々たる怒りであろうとも、そこには必ず根拠が自分なりにある。その根拠が百パーセント正しいのか。

よく考えて戴きたい。
自分
2020年05月13日 12:04
他人に冤罪を掛けたなら

冤罪を掛けた自分が罪に掛けられる
自分
2020年05月13日 17:13
真に理解する法則

真理と理法

みななかまとないいかり

大きな組織に対する怒りも

1つの生命に対してでも、僅かばかりの、瞬間の怒りでさえ

真の理解の法則は打ち破られる

真理と理法

みななかまとないいかり
自分
2020年05月13日 20:43
他の者らに苦を与えてでも、自分が楽になりたい思いが拭えない者は

その自分に出会い絡まれて

自分への怨みから離れられない
自分
2020年05月13日 20:51
戦場で

他を殺しても自分は生きたい

戦場で

怪我人を捨てでも自分は生きたい

この世の中で

奪い殺しても生きたい

この世の中で

奪い殺されたものを自分のものにして生きたい

その自分に対して怨む自分がいる。

それらから解脱出来るんです。

奪い殺されたものを自分のものにして生きたい

が消えたのが

涅槃
自分
2020年05月13日 20:54
他も自分も苦しめない

とは

奪い殺された命を自分のものにする

食べる

からの解脱は起きる

涅槃
自分
2020年05月13日 20:57
苦しみ奪い殺された命を食べるのが楽しみならば

人間から解脱し悪魔に至ったものです
自分
2020年05月13日 21:12
自分自身、これ以上ない。

その自分自身に行き着いたら

もうこれ以上ないんです

阿羅漢とか如来とか

どうでもいいんです

自分自身、これ以上ない自分自身に至ればこれ以上ないから

最上ですよ

自分はね
自分
2020年05月13日 21:15
各自

これ以上ない

に行き着いたら

その人はこれ以上ない

最上です
自分
2020年05月13日 21:17
その人にとったら

自分が阿羅漢か如来か何かなんて一切関係ないんです

ただ

これ以上ない最上です

というだけです
自分
2020年05月13日 21:45
ゴータマ・ブッダの言葉を改変してはならない

自分と他人を苦しめない

ではなく

ゴータマ・ブッダの言葉

飾りをつけても、正しく行い

静まり、調御し、定まり、修習し、

生き物すべてに鞭を用いぬ

かれこれバラモン、沙門、比丘なり

テーラワーダが難し過ぎて悟れない

簡単な悟りを教えてるSRKWブッダの悟りにしよう

あの人は生き物食べるの楽しんでる

法津如来

それで嬉しいかい

自分自身に聞け
自分
2020年05月13日 21:48
法津如来

貴方は食べることが

昔から解脱出来てない

その様子を私は昔から知ってるよ