#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第33章 バラモン 53偈

53 糞掃衣(ふんぞうえ)をまとい、諸の欲望を省みることなく、樹の根にあって瞑想する人、___かれをわれは<バラモン>と呼ぶ。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

糞掃衣(ふんぞうえ)とは、捨てられたぼろ布を縫い合わせ、草の根で染めた布で作った衣(ころも)のことです。この意味は、貧しい衣類でも満足することです。すなわち衣類に頓著しないことです。

「諸の欲望を省みることなく」とは、衣類のみならず、食べ物や住まいに関しても、贅沢なものは求めず、あるもので満足し、それらに執著しないことです。

「樹の根にあって瞑想する」、瞑想するというと、特にここでは、「樹の根にあって」とありますから、樹の下に座って、眼を閉じて心を落ち着かせるという意味に取れますが、「瞑想」と訳された言葉は古代インド語では、心を育てる、修行するという意味です。

ただ瞑想すれば、覚ることができると考えるのは間違いです。覚りは、因縁によって、功徳を積むことによって起こる現象ですから、「糞掃衣(ふんぞうえ)をまとい、諸の欲望を省みることなく、樹の根にあって瞑想する人」を、ただちに真のバラモンと呼ぶことはできないでしょう。

今日からは東京からの発信です。昨日北海道から東京に帰ってきました。



この記事へのコメント

自分
2020年06月25日 09:47
昨日は、「怖くて就職出来ない」自分の為に、

市役所生活福祉課

公共職業安定所

保健所

等から勧められた

病院に行った。

病名は

生まれつきの、広汎性発達障害

アスペルガー

とのこと
自分
2020年06月25日 12:21
太陽は昼に輝く

月は夜に輝く

武士族は武装して輝く

バラモンは修行によって輝く(生きとし生けるものが幸せでありますように、生きとし生けるものに対する自分が気を付ける)

さてブッダはすべての昼夜に

威光をもって輝く
自分
2020年06月25日 13:02
「怠ることない修行」が完成された状態しかありません。

それ以上ないんだと悟り自分のこととして自覚したもの

サイキヒロユキです
自分
2020年06月25日 13:10
騙されてはいけません

完成はありません

「完成はない」と知り

「怠ることのない修行」に至った者が完成された状態です

「完成だ」「完成した」と言う者は
「完成ではない」「完成していない」無明の者です

「完成はない」と知り

「怠ることのない修行」に至った者サイキヒロユキです

これ以上ないんです。
自分
2020年06月25日 13:23
生きとし生けるものが幸せでありますように

自分の中に微塵も瞬間も怒りを発生させない

これが修行です
ノブ
2020年06月26日 02:24
不動の動者と言う言葉がありますが、私はこれを安定しつつ行いを為す人と解釈して居ます。動くと言うことは安定ではなくなると言う事です。止まると言うことは安定しているという事です。しかし、静かに安定して居ながら、活動する事ができるのです。天体が輝くように。

ところで、六祖壇経には、見失った人が、善友によって覚るとあります。見失って居ない人は、自ら覚る、と。私もその通りだと思う。

人は意志によって覚る。覚ろうとしなければ覚らない。しかし、覚った後も、意志によって生きる。純一な意志によって人生の諸々を統合し、世の諸々については対機であってしかも背後では一貫している。

この意志こそが、無住心の光と言えるものであろう。

怒りの根は滅ぶものである。
それをもって完成と言われる。
それをもって覚りの境地と呼ぶのだろう。
無一物を知っても、怒りの滅ぶことは無かった。だが最近、他者に対する怒りは百害あって一利なしかも知れないと思うようになった。
自分に対する怒りは大いに持つべきだろう。それは闘志であるから。自己に打ち勝った者こそ、偉大な人なのである。
智慧を得て、慢心している自分がいたらそれを超えなければならない。
他者に対して怒りが起こったなら、その事実をもってまだ覚って居ない事を知らなければならない。

やれるものならやってみろよと、自分に問いただそう。お前の得た智慧というのはなんぼのもんやねんと、自分自身に投げかけるのだ。
そうすれば、闘志が湧いてくる。
何も持たない、自分自身の、真の生きがいが湧いてくる。
自分
2020年06月26日 07:55
自分自身に対して怒りは微塵も瞬間も抱いてはならない

自分自身が観察出来ないでしょう。

怒ってる、怒った、自分自身にさえも、微塵も瞬間も怒りを抱いてはならない。

自分自身を観察出来ないでしょう。

怒りは観察からの逃避です

自分の中に微塵も瞬間も怒りを発生させない

ように常に怠ることなく、絶対に気を付ける

これが修行です
hal
2020年06月26日 12:11
不動の動者 という 言葉を
初めて 知りました。
ありがとうございます。

https://76263383.at.webry.info/202006/article_26.html
>真実が見えると、すべてが善きことであり、美しいからです。

末期の眼 という 言葉  うかびました。

仏 が 観た 
まさに その 瞬間。
世界 は
善く 美しく 変容 するのだろうか …

わたし には
暴力や 痛み傷み 苦しみ こそ
つよく みえて しまう けれど。
どうしても。この世。
覚者を 名乗る 者 の
秘められた 怒りのような なにか も。
それは とりもなおさず
かなしみ なのかも しれない けれど。 

なんとなく。そんなことを。(_ _)
自分
2020年06月26日 12:33
みな、なかま

ということに関して

ない、いかり

なんです

このようであるか?自分を観るんです