#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第33章 バラモン 55偈

55 つねにこだわりが無く、智をそなえ、疑惑を去り、ひとり歩み、遠くに行く人、___かれをわれは<バラモン>と呼ぶ。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「つねにこだわりが無く、智をそなえ、疑惑を去り、」は前回の54偈と同じです。

「ひとり歩み」については、SRKWの理法「孤独」を引用します。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou335.htm

(以下引用)
修行者が孤独であるべき――孤独の境地に励むべき――であると言うのは、修行はすべて自分自身のことがらであり他者との関わりに よって修行が進むなどということがまったく無いというほどの意。したがって、修行者が孤独であるべきというのは世人が孤独であることとは意味合いが違う。 ところで、もちろん覚りの機縁は他者との縁によるものであるが、これは世間の人の関わりとは違うものとなる。すなわち、修行者は孤独であってはならず世間 の人々と一定の関わりを持つべきである。しかし、そのようでありながら修行者は孤独の境地に励むべきであると説かれるのである。

 また、ブッダの孤独と言うのは、ブッダが孤独であるという意味では無い。これは、「もし世界に自分一人だけしか存在していないとするならば、たとえ衆生であっても一切の苦悩は終滅する(苦悩がそもそも 生起しない)」ことと同義のことがらとしてのことである。この意味においてブッダは孤独であり、しかしそれゆえに一切の苦悩から解脱していると知られるのであ る。
(以上引用)

「遠くに行く人」とは、無上、最高の境地(ニルヴァーナ、涅槃)に向かい人という意味です。



この記事へのコメント

自分
2020年06月27日 11:28
「こだわりは、ない」

「ない、がこだわり」

「ネハンは、ない」

「ない、がネハン」
ごとうあきら
2020年06月27日 16:28
孤独が衆生を怯えさせる。
世間的な孤独はブッダのいう孤独とは違う。
ひとり歩むことに心が安らぐ。
みなの心も安らがせる。
自分
2020年06月28日 10:31
貴方1人歩んでないでしょう

生きとし生けるものの命を奪い自分のものにしながら生きてるんでしょう

または、奪われた命を自分のものにしながら生きてるんでしょう

1人で歩んでない