石法如来の特別寄稿「この世の真実・・・そして『この世の虚妄に生きる』」

石法如来の特別寄稿「この世の真実・・・そして『この世の虚妄に生きる』」


「この世の真実」を明らかにすれば「覚り=解脱」を達成出来るという。・・・言葉としては決して難しくはありませんが、実際問題として「この世の真実を明らめる」人間は多くはないでしょう。

何より、衆生にはこの言葉の意味が良く理解出来ないでしょうし、決して世間解では無く十分に功徳が積まれてはいないという理由も考えられます。また、別の視点からはこうも考えられます。・・・すなわち「この虚妄なる世界に、どっぷりと浸かりすぎている」という理由です。

自分自身が存在している「この世」が虚妄に覆われているなど、俄に信じ難い話ですが、事実はその通りであってそれ以外のものではありません。私自身が、覚りを得たせいも有りますが、身近で起こっている世間の事象を見渡す限り、それが目につきます。それは特別なことではなく、日常どこにでも起こっている事柄なのです。

それを、今年(2020年)年初から世間を賑わせている新型コロナウィルス騒動を例に上げ述べて行きたいと存じます。
新型コロナウィルスは世界中で騒いでおりますが、日本国内にだけ焦点を当てて見るならば死亡者数は1,229名(8月26日現在)・同日感染者数も10,788名と数字的には決して多くは無く、何故国を挙げて大騒ぎしているのか私には理解出来ません。

当然、それなりの死者数・感染者数が出ているのだから「騒ぐのは当然だろう」というもっともな意見をお持ちの方もおり、それを否定する気持ちはありません。
しかし、人間という生き物は生きている限り、いつ何時どこで病気になる・事故に遭う・あるいは次の瞬間死に至る・・・という不測の事態は避けられないのもまた事実です。要するに、人間であってこの世に生存する限り「リスクゼロ」はあり得ないという事です。人間は、自らの周辺に存在するリスクを「ある程度許容することにより」日々の生活を継続出来ている生き物でもあるのです。

私が、新型コロナウィルス騒動を選んだ理由は、なぜ世間は殊更新型コロナウィルスだけを取り上げ話題にし危機を煽るのか?ということです。出始めは「新型?」と言う事で、正体が不明である。と言うのは確かに理解出来ますが、今となれば相応の時間も経過し既に解明されている事実も多いのです。 

私自身、テレビを見る時間が極めて少ないので、テレビのみから情報を得影響を受けると言うことはほとんどありません。反面、テレビからの一方的な情報のみをまともに受けている人間にすれば、新型コロナウィルスという存在は、この世で最も忌み嫌い絶対に罹患したくない病気の一つと捉え、おびえながら生活している人も少なくないかも知れません。
私もたまにテレビを見ると、新型コロナウィルスの恐怖を煽る内容に「極端すぎる」という感想を持ちます。

何が極端かと申しますと、一方的に恐怖を煽る内容はテレビ局の視聴率アップの戦略であるとしても、広く視聴者に対し安心させるような材料の付与には感心が払われていないと言う点から考え、完全な片手落ち報道であり大きな謀略の気配すら感じます。
例えば、「日本人は既に集団免疫が達成されているという説」(京都大学大学院医学研究科・上久保靖彦特定教授)や、「コロナはインフルより毒性が弱いという説」(国際医療福祉大学大学院・高橋泰教授)がテレビあるいはマスコミで話題となることはありません。
テレビ・マスコミで取り上げないから、「間違っている・正しくない」とは言えない筈なのに、世間は全く無視を決め込んでいます。

国民生活における行動の制限などを緩和し、以前のような行動の自由を取り戻すための前向きな議論は多種多様な意見の交換から始まります。最新のコロナウィルスの知見を基に、前向きな意見を議論の俎上に載せるなら「より良い結論に導く」ことが出来る筈です。しかし、こと新型コロナウィルスに関する限り「怖い怖い」の一点張り、国民に対しては今まで同様、恐怖を煽り行動を制限させることが「より良い選択肢」であるかのよう仕向けられているのが現実です。

何より怖いのは、人々が「テレビウィルス」に犯され、「コロナ脳」となり、コロナに罹患しないあるいは死なない為なら、どの様な処置も受け入れますという態度で、それを国民の大多数が違和感なく受け入れ支持していることです。
本来なら日本の場合、欧米諸国に比べ死者数は2桁少ないのだから真っ先にコロナを克服し、以前と同じ日常を真っ先に取り戻している筈なのに、「テレビウィルス」の拡散による強度のマインドコントロールにより新型コロナウィルス克服は遠い日の夢と化しています。

日本国民が、「伝家の宝刀」の如き信頼を寄せ、その結果に日々一喜一憂させられているPCR検査こそ大きな問題を含んでいます。
武漢発とされる新型コロナウィルスは、「その病原性・伝播性は確認されておらず、このウィルスの単離同定(目的に応じて、さまざまな方法によってその特徴を解析する)はされておらず地球上にいるかどうかはっきり確認されていない」、「PCR検査で、似たような遺伝子の断片が発見され「検査陽性」とされても、果たして何のウィルスを検出しているか分からない。益々混乱が深まりとんでもない結論に導かれる怖れがある。」(徳島大学名誉教授・大橋眞氏・「学びラウンジ」)と語り、今や「PCR真理教」と化した日本社会に警鐘を鳴らす科学者もいます。

以上の様に、虚妄の世界の現実を目の当たりにし、「この世の真実を明らめる」のは相当に難しいと思い至るとともに、逆にこの様に「とても分かりやすい世であるからこそ、そのメカニズムを解明し」早々と真実に辿り着く賢者が出現しそうな気もするのです。


*法津如来のコメント

本日二度目のブログ更新です。

般若心経に「遠離一切顚倒夢想(おんりいっさいてんどうむそう)」という言葉があります。その意味は、衆生はこの世の一切を真実と逆さまの見方をして、それを真実であると夢想してるが、菩薩はその夢想から離れて真実を観るということです。

新型コロナウィルス騒動における衆生のあり方はまさに、その通りであり、心ある修行者はこの世の真実を明らかにすべきでしょう。

石法如来ありがとうございます。




この記事へのコメント

ノブ
2020年09月06日 16:24
新型コロナが大流行する地域とそうでない地域がある。その理由は、人種による免疫力の差異、文化背景の差異、危機意識の差異、などが考えられている。
そもそも新型コロナは東アジアのウイルスであるから、東アジアの人々はそのほかの地域の人々に比べて罹患し難いという見解がある。あとは、欧米に比べスキンシップの少ないことや、その他生活習慣(パンを手で食べるかご飯を箸で食べるかなど)、幼児期に受けた予防接種などに罹患し難さの因があるのではないかと言われている。

このウイルスの存在が認知された当初、新型コロナの脅威を軽視したアメリカやブラジルでは惨事が起こっており、それは日本の比ではない。日本は新型コロナの脅威を軽視せず、対策を取り、一人一人が疫病の存在に意識を払って来た。それで、比較的軽傷で済んでいるのだと思われる。
台湾はもっと早くから中国の主張を信じず、的確な対策を取ってきて、新型コロナの流行を免れた。

もっと上手なやり方はあるのだろうが、都市封鎖などしても流行を防げなかった欧米諸国に比べ、日本がこの程度で済んでいるのは、一重に気を払って来たからではないか。

新型コロナが大したことないから、被害が少ないのではなく、疫についてちゃんとして来たから被害が比較的に少ないのだろう。
それが実際の事実だと私は思う。