SRKWブッダ著「仏道の真実++」具体的な覚りの機縁(広義)(10)

(以下引用)

【具体的な覚りの機縁(広義)】(10)

 ● 理法(=仏が説いた言葉)について語らうこと。これが最も基本的な覚りの機縁となるものである。なお、語らうときには静かに、楽しんで、和やかに行うべきである。経が世に誦出されるのには、因縁がある。仏は、意味もなく理法を口にしたりはしない。なぜ仏がその時にその理法を語ったのかについて、発端と顛末と帰趨とを総合して吟味しなければならない。理法は、数学で言えば公式のようなものである。それだけを知っても、理解したことにはならない。その公式が求められた背景の理解が不可欠なのである。同様に、理法についての語らいも、理法そのものだけに止まっては意義が薄い。深読みする必要はないが、理法の真意について思いを巡らせることは覚りの機縁に結びつくものである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

理法(=仏が説いた言葉)の真の意味は、仏のみが知り、仏のみが理解できるものであります。衆生には理解できないものであります。

ではありますが、というか、であるからこそ、理法について語らうことが基本的な覚りの機縁になるのです。

私自身で言えば、SRKWブッダの理法の解説記事をこのブログに掲載していましたが、その際わからないことがあれば、今は便利なスカイプがありますので、SRKWブッダに直接質問しました。それは理法についての語らいでした。

それが私の覚り機縁になったことは間違いないことです。


この記事へのコメント