SRKWブッダ著「仏道の真実++」功徳を積むこと(3)
(以下引用)
【功徳を積むこと】(3)
● 個人の性格傾向と功徳とは関係がない。すなわち、どんな性格の人でも等しく功徳を積むことができる。これは、そもそも解脱がこの名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅という根本の現象であるためである。性格傾向は、このうちの名称(nama)作用に関わることがらであり、どのような性格傾向の上にも功徳を積むことができる。そして、解脱によってこの余計なものは脱落・終滅することになる。結果、極端な性格傾向は薄らぎ、仏としての円かな性格が出現することになる。
(以上引用)
*法津如来のコメント
この引用文は、「どんな性格の人でも等しく功徳を積むことができる。」ことを言いたいのです。
ですから、自分はおしゃべりだから功徳を積めないとか、無口だから功徳を積めないとなどと悩む必要はありません。
その根拠を解脱の根本に基づいて説明しています。
解脱は、この名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅という根本の現象であるためです。
この名称とは、五蘊(身、受、想、行、識)の想であり、この形態とは行に相当します。
「この名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅」とは、不必要な想と行の脱落・終滅です。
というわけで、個人の性格傾向は、余計な想に起因であるため、功徳を積むこととは無関係なのです。
余計な想が脱落した人は、わかりやすく言えば、好き嫌いのなくなった人です。
【功徳を積むこと】(3)
● 個人の性格傾向と功徳とは関係がない。すなわち、どんな性格の人でも等しく功徳を積むことができる。これは、そもそも解脱がこの名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅という根本の現象であるためである。性格傾向は、このうちの名称(nama)作用に関わることがらであり、どのような性格傾向の上にも功徳を積むことができる。そして、解脱によってこの余計なものは脱落・終滅することになる。結果、極端な性格傾向は薄らぎ、仏としての円かな性格が出現することになる。
(以上引用)
*法津如来のコメント
この引用文は、「どんな性格の人でも等しく功徳を積むことができる。」ことを言いたいのです。
ですから、自分はおしゃべりだから功徳を積めないとか、無口だから功徳を積めないとなどと悩む必要はありません。
その根拠を解脱の根本に基づいて説明しています。
解脱は、この名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅という根本の現象であるためです。
この名称とは、五蘊(身、受、想、行、識)の想であり、この形態とは行に相当します。
「この名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅」とは、不必要な想と行の脱落・終滅です。
というわけで、個人の性格傾向は、余計な想に起因であるため、功徳を積むこととは無関係なのです。
余計な想が脱落した人は、わかりやすく言えば、好き嫌いのなくなった人です。
この記事へのコメント
なくなっちゅった人と言えます
だから、案外
大好きだよ
と言います
だって相手は
それが安心感だから
そこから幸せでありますように
だから
蟻を踏んでも踏まなくても
どちらでもいいんではなくて
相手の立場で
行動を心がけます
すると
自分の立場がないから
相手の立場が全てになります
だから
貴方の幸せが、自分の幸せです
と相手によく言います
それしかないからです
そしていま才広は
次のように相手に伝えてます
生きとし生けるものが幸せでありますようにの心の中に微塵も瞬間も怒りを発生させない
それが生きとし生けるものの幸せです
起床するのに
生きとし生けるものが幸せでありますように生きる
就寝するのに
生きとし生けるものが幸せでありますように死ぬ
教師が主役じゃないんです
生徒が主役なんです
教えることに完成はないんだから
正に(まさに)教えることは
修行そのものてす
自分の修行が完成したら
それを相手が主役で相手に教える
完成のない修行の始まりです
仏道の発心において
生きとし生けるものが幸せでありますように
でなければ本物ではない
なぜなら
生きとし生けるものが幸せでありますように
発心し
その為にはまず自分が最終ゲダツしないと
と起き
そこから最終ゲダツし
最終ゲダツして
初めてこれから役に立てると
相手が主役の、相手に対して
教える修行が始まる
なぜなら
発心が
生きとし生けるものが幸せでありますように
だったからです
生きとし生けるものが幸せでありますように
教える修行の始まりです
生きとし生けるものが幸せでありますように
自分はどうあるべきかを
完成された
次に
生きとし生けるものが幸せでありますように
自分がどうあるべきか
を教えられた
終始一貫
生きとし生けるものが幸せでありますように
お釈迦様なのです
生きとし生けるものが幸せでありますように
の心に至り
生きとし生けるものが幸せでありますように
https://noritsu.seesaa.net/article/202009article_27.html