SRKWブッダ著「仏道の真実++」功徳を積むこと(5)

(以下引用)

【功徳を積むこと】(5)

 ● 功徳は、想念の帰趨ではない。功徳を積もうとして何を想い、何を念じても、それによって功徳が積まれることはないということである。つまり、功徳はこころに積むものであるが、それは想念によるものではないという意味である。逆に言えば、想念によって功徳が損なわれることもないということでもある。このため、観(=止観)を為すときには善だけでなく悪についても想念を巡らせて構わないことになる。ただし、もちろん、観の完成においては善悪そのものを超えた境涯を知ることとなる。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「功徳は、行為の帰趨ではない。」というと、功徳は、想念の帰趨かということになりますが、そうではありません。「功徳は、想念の帰趨ではない。」ではないのです。

ここで、今回の引用文を理解する上で参考になる金剛般若経の第6章の一部を引用します。(岩波文庫「般若心経・金剛般若経」より)

(以下引用)
それはなぜかというと、スブーティよ、実にこれらの求道者・すぐれた人々には、自我という思いはおこらないし、生存するという思いも、個体という思いも、個人という思いもおこらないからだ。また、スブーティよ、これらの求道者・すぐれた人々には、《ものという思い》もおこらないし、同じく、《ものでないという思い》もおこらないからだ。また、スブーティよ、かれらには、思うということも、思わないということもおこらないからだ。それはなぜかというと、スブーティよ、もしも、かれら求道者・すぐれた人々に、《ものという思い》がおこるならば、かれらには、かの自我に対する執着があるだろうし、生きているものに対する執着、個体に対する執着、個人に対する執着があるだろうからだ。
(以上引用)

要するに、功徳は執着がないときに積まれるのです。



この記事へのコメント

才広
2020年09月25日 08:16
自分とは何か?

それは、法です

十二因縁です

十二因縁を滅したら

何も残りません

生きとし生けるものが幸せでありますように

とはそういうことです
才広
2020年09月25日 08:21
水で人を殺せますし

水で人を生かせますし

水が善悪のない法です
才広
2020年09月25日 08:26
ダンマパダ等は

真理、法、のみ書いてある

水で人を殺せますし

水で人を生かせますし

という感じ

その次は

だから、何々だ

は自らに起きます
才広
2020年09月25日 08:30
だから何々だ

そこが問題なんです

だから

仏道の発心

動機に全てがかかってるんです

その動機が

百パーセント

生きとし生けるものが幸せでありますように

ならば

だから何々だ

は悟りで

自覚します
才広
2020年09月25日 08:32
この文章も含め5つの才広の言葉によって

生きとし生けるものが幸せでありますように