SRKWブッダ著「仏道の真実++」功徳を積むこと(6)

(以下引用)

【功徳を積むこと】(6)

 ● 功徳は、これで功徳が積まれるだろうなどと意識して積むものではない。しかしながら、仏道を歩む修行者は功徳を積むことそれ自体は意識すべきである。これは、功徳ということを知らずに無邪気に功徳が積まれるものではないという意味である。例えば、勉強は意識して行わなければ身につかない。つまり、漫然と勉強するなどということは意味をなさない。それと同様である。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「功徳は、これで功徳が積まれるだろうなどと意識して積むものではない。しかしながら、仏道を歩む修行者は功徳を積むことそれ自体は意識すべきである。」ということは、前回、前々回に紹介した「功徳は、行為の帰趨ではない。功徳は、想念の帰趨ではない。」と同様に仏教の微妙な特質です。

功徳を重視すべきであるが、執着するなということだと理解してよいでしょう。




この記事へのコメント

才広
2020年09月26日 09:19
何か忘れてることないかな?

と自分に問うことです
才広
2020年09月26日 09:22
欠け損じてるところをに気づき補う

だけです

それ以外に何もない
才広
2020年09月26日 09:26
今の自分が完全に認めらる今の自分でなければならない

何か忘れてることないか?

といつでも

今の自分を肯定出来る今の自分でなければならない

それ以外何もない
ノブ
2020年09月27日 01:50
この喩えは、つとめ励むこと、精励することだと理解しました。勉強するのは無目的にしているわけでは無いですから、何か志があってのことですから、それを目指してしているということなのでしょう。人生の全てが無駄では無かった、このようになるのが正しい精励であり、功徳の積み増し方であり、ここでの話の裏の骨子だと思います。