SRKWブッダ著「仏道の真実++」【遍歴修行】(7)

(以下引用)

【遍歴修行】(7)

 しかし、具体的にはどうすればよいのであろうか。それは、縁に委ねてその時々に行いたくなった修行を行なうことである。ただし、種々雑多なことをしてはならない。それぞれの時期には一つのことがらに専念すべきである。そして、一定の期間が過ぎたならば、一つのことがらにこだわることなく他の修行に勤しむのも悪いことではない。

 これは、乗り物で言えば適宜に乗り繋ぐというほどの意味である。ある地点から東京に向かうためには、先ず徒歩で近くの停留所まで行き、そこでバスに乗る。次いで、終点の駅前でバスを降り、普通電車に乗り換える。さらに途中の大きな駅で新幹線に乗り変えるのもよいだろう。場合によっては、いきなり飛行機で一足飛びに東京に向かう手段も考えられよう。ここで、それぞれの時期に一つのことがらに専念せよとは、バスや電車に乗っているときにうっかり途中下車しないようにということである。時間の無駄であるし、道に迷ってしまう恐れもあるからである。


 さて、修行の態度としては、穏やかに、静けさを目指し、けしかけられず、自分を駆り立てず、決して道の途中の実りを求めてはならない。また、修行によって何か特定のものを得たなどとは思わないことである。

 これを一言で言えば、聖求にしたがい、明知によって為すべきことを識り分けて、ゆっくりと邁進せよということになる。そして、修行は継続しなければ遍歴修行とはならないのは当然のことである。これは、修行が長期間に及ぶという意味ではないが、幾つかのことがらを遍歴する以上は一定の修行期間が必要となるのは普通のことである。

 のんびり修行していても完成はおぼつかない。しかしながら、性急に覚りを求める者こそ何一つ修行を為し遂げることがない。修行者は、時間の無駄を気にせずに修行に勤しむべきである。しかし、時間は大切にせよ。人生は、思っているよりも短いからである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

今回は、【遍歴修行】の章の終わりの引用になります。

そこで、いくつかの具体的なアドバイスが述べられます。

その第一は、「縁に委ねてその時々に行いたくなった修行を行なうことである。」



その第二は、「それぞれの時期には一つのことがらに専念すべきである。」これについては、途中下車はしない方がよいという譬えがあります。

その第三は、「穏やかに、静けさを目指し、けしかけられず、自分を駆り立てず、決して道の途中の実りを求めてはならない。」ということです。・・・これらの点については、時々自分の修行について、点検すべきです。

その第四は、「修行者は、時間の無駄を気にせずに修行に勤しむべきである。」です。




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