SRKWブッダ著「仏道の真実++」【修行方法の例示】(2)

(以下引用)

【修行方法の例示】(2)

 ● 善き談論は、修行となる。

修行者は善き談論を為すことによって次第に仏教の根本についての理解を深め、ついに因縁を生じて解脱すると期待され得るからである。

もちろん、談論は井戸端会議のような埒のあかないものであってはならない。

具体的には、小欲論、知足論、遠離論、不交際論、精進努力論、戒論、禅定論、智慧論、解脱論、解脱知見論などが勧められる。なお、談論は静かに穏やかに行うべきである。

また、談論が教条主義に陥ってしまっては意味を為さない。

それぞれのテーマについて、真実の真相を見極めるべく談論を進めるべきである。

このとき、分かった気になって行うのではなく、分かる気になって行うことが肝要である。

なお、談論において着目すべきことは、論議そのものではなく互いの仏教に対する取り組みの度合いである。

仏教を篤く信仰している人は、高貴で美しい。

それを肌で感じ取るだけでも、談論する意義は大きい。

(以上引用)


*法津如来のコメント

仏教についての論談も、修行になります。しかし、仏教について話し合うことは意外に難しいのではないでしょうか。

同じように仏教に興味を持っている相手がいなければ、それはできないことです。

私の場合は、本を読んでその著者と一人で論談するという形で行うことが多かったのです。

仏教団体に参加して、その団体の指導者に質問するという形で論談するか、その団体の真面目な参加者と論談するという場合も多いと思いますが、考え方が違った場合、その団体から離れることが難しいという問題があります。

いずれにせよ、善き論談の相手がいるか見つかるかということは、非常に幸運で、よい因縁の結果です。




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