SRKWブッダ著「仏道の真実++」【修行方法の例示】(6)

(以下引用)

【修行方法の例示】(6)

 ● 観を為し、止観を完成させることは誰にとっても修行となり得る。

観を完成させたならば、心解脱者となる。

このような人は、人間関係で苦悩することはなくなる。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「観」については、SRKWブッダ著「仏道の真実++」に「観」の章があるので、後日このブログで引用することになります。

その章の始めの部分を引用しておきます。
(以下引用)
省察をさらに発展させたものが観(=止観:以下、断らない限り観と書いた場合には止観を意味する)である。違いは、省察は自分自身のことがらを対象として行うものであるのに対して、観は衆生を対象としている点にある。要するに、観とは一般化された省察なのである。

 観は、智慧を知的考験の先にあるものと位置づけたとき、それに近づくためのおそらく唯一の実践的な方法である。ただし、観の完成がすなわち覚りではない点に注意しなければならない。実際に智慧を得るためには、観を完成させた後さらに覚りの因縁を生じなければならないからである。
(以上引用)

また、SRKWブッダのホームページの理法の欄に「観」の項がありますから、参照してください。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou004.htm

「観」は始めは、できているのか、できていないかよくわからないものですが、自分なりに挑戦すれば、いろいろ面白い発見があるものです。

これはいわゆるヴィパサナー瞑想とは異なるものです。



この記事へのコメント