SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(1)

(以下引用)

【功徳のよすが】(1)

 功徳は、どのようなときに積まれるのであろうか。そのよすがについて述べたい。

 ● 功徳は、咄嗟のときに一瞬に積まれる。これは、功徳を積むという表現から連想されがちな段階の説を否定する事実である。なぜ功徳が一瞬に積まれるのかと言えば、仏道が基本的には頓悟の道だからである。要するに、功徳は段階的に積まれるわけではないということである。そこで、功徳は次第次第に積まれるという言い方が為されることになる。このとき、次第次第にということは水面下で培われることであり表からは窺い知れない。このため、修行者が実際に功徳を積んだとき、それまでとはまるで人が違ったような境涯に一挙に達することになるわけである。このことを原始仏典では、「かれらの足跡は辿り難い。空飛ぶ鳥の迹〈あと〉の辿り難いようなものである。(ウダーナヴァルガ・中村元訳)」などと表現している。

(以上引用)


*法津如来のコメント

この文章を読んで、なぜか森田公一の「青春時代」を思い出しました。

・・・・・
青春時代の夢なんて
あとからほのぼの想うもの
青春時代の真ん中は
道に迷っているばかり

「功徳は、咄嗟のときに一瞬に積まれる。」・・・これは、あとからわかることです。

功徳とは積むとは、心に積まれるのです。心が変わるときは一瞬なのです。その時はわかりません。無心でなければ功徳は積まれないものだからです。あとからあの時変わったのだとわかります。

その時の事情を「功徳は段階的に積まれるわけではないということである。そこで、功徳は次第次第に積まれるという言い方が為されることになる。このとき、次第次第にということは水面下で培われることであり表からは窺い知れない。」と説明されています。



この記事へのコメント

才広
2020年10月07日 15:29
やけにややこしい論文ばかり書いてるが

あのね

今為せることは

動機のみ

なんです

無常の中でも

動機を繰り返す

動機を貫く(無常の中でいろいろあっても)

動機を貫く

無常の中だから

動機を繰り返す起こす

無常の中で動機を繰り返し起こすことで動機を貫くことで動機に至る

生きとし生けるものを食べるすらも

生きとし生けるものが幸せでありますようにを貫くことで

生きとし生けるものを食べるからも解脱する

すると

もうこれ以上ない

解脱なんです
2020年10月07日 16:12
相手を 真に 理解 しない 出来ない

あなた の 言葉 を  

誰が 理解  する と いうのだろう。


”やけにややこしい” こと を

むなしい 繰り言 を

している のは  誰だろうか。


結局

生きとし生けるもの を 

「食べている」

あなた でしか ない のに。
才広
2020年10月07日 16:23
仏教は

結果ではない

動機だからね
才広
2020年10月07日 16:32
生きとし生けるものが幸せでありますように

の動機において

生きとし生けるものを食べる

を解脱した才広です

生きとし生けるものが幸せでありますように

食べずに死ぬより

生きとし生けるものが幸せでありますように

食べて教えます

貴殿方が

生きとし生けるものが幸せでありますように

の動機において

生きとし生けるものを食べる

から解脱されますように
才広
2020年10月07日 16:43
幸せな動機は失われることがないんです

火だるまになろうが

水で溺れようが

どんな結果を受けようが

幸せな動機は失われることがないんです

才広のね
2020年10月08日 01:53
押しつけの

「教え」 ほど

うとましい もの は ない。
2020年10月08日 08:08
強引な 身勝手な 理屈を 以て
殺生を 正当化 しようとした
教祖 教団が ありました。

仏教は まさに 
結果 そのもの と 
わたしは おもいます。

命 を 頂きながらも
正しい 発心 の もと に
精進 する 修行者は
ほかにも おられること でしょう。

動機によりては など と。

あなたの 「食」(殺生)だけ
さも 特別 かのような 慢心 思い上がり。

愚かな 詭弁 でしか ない。