SRKWブッダ著「仏道の真実++」【公案】(7)

(以下引用)

【公案】(7)

 ● 公案が解けたのにも関わらず〈特殊な感動〉を生じることがなかった者は、公案には縁がない。

それだけでなく、智慧を得ることは難しいかも知れない。

ただし、読者はたとえそのようになったとしても悲観すべきではない。

望みを未来に繋いで、しっかりと道の歩みを続けるべきである。

そうすれば、公案とは違う形で修行が進み、ついには覚ることも期待され得るからである。

この場合、公案は修行の紆余曲折の一つに過ぎないと考えれば良いのである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

古来多くの悟ったという人の悟った時の体験がいろいろあり、その時の悟りの感覚をいろいろな言葉で表現されています。

しかし、それらにこだわらないほうがよいのです。

〈特殊な感動〉は、人によりちがいます。

大歓喜を伴うものもありますが、本当に微妙なものもあります。

〈特殊な感動〉には、先入観をは排除したほうが良いのです。



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