SRKWブッダ著「仏道の真実++」【善き談論】

(以下引用)

【善き談論】

 省察や観、および公案に取り組むことが自分一人でできることであるのに対して、談論は複数の人の間で行うことがらである点が違う。

このため、修行の一環として談論を為す場合には、互いに有意義な談論を行わなければならない。

そうでなければ、自分においても、相手にとっても利益(りやく)のある修行とはならないからである。

そして、そのような意義のある談論を、総じて善き談論と称するのである。


 ここで、その具体的なことは、小欲論、知足論、遠離論、不交際論、精進努力論、戒論、禅定論、智慧論、解脱論、解脱知見論などを指すと説かれる。

以下に、それぞれのポイントについて述べたい。

(以上引用)


*法津如来のコメント

今回の引用文にあるように、「善き談論」は複数の人間で行うことであるので、善き談論のできる人間があることは非常に幸運なことでです。

なかなかそのような人間はいないものです。

卑近な例でいうと、将棋の好きな人が将棋をしたくとも、将棋を指してくれる相手がいなければ将棋はできないようなものです。

つまり、小欲論、知足論、遠離論、不交際論、精進努力論、戒論、禅定論、智慧論、解脱論、解脱知見論などをなどについて談論できる相手はいないのです。もしそのような相手がいるならば、その人を大切にした方がよいのです。

余談になりますが、ゴータマ・ブッダは次のような談論は戒められております。

たとえば、国王の話、盗賊の話、大臣の話、軍隊の話、恐怖の話、戦争の話、食べ物の話、飲み物の話、衣類の話、寝台の話、飾り物の話、香料の話、親族の話、乗り物の話、村の話、町の話、都の話、国の話、女性の話、男性の話、英雄の話、道路の話、井戸端の話、先祖の話、四方山話、世界説、海洋説、有り無しの話などです。



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