SRKWブッダ著「仏道の真実++」【善き談論】◇ 禅定論

(以下引用)

【善き談論】 ◇ 禅定論

禅とは外面的な心の安定を指し、定とは内面的な心の不動を云う。

そして、覚った人はこの両方を完成させている。

このため、修行者がただ目を閉じて座っているだけで禅定に達することはできない。

では、どうすれば禅定に達することができるのであるか。

それについて考究することは、詰まるところ覚りとは何かを追究することと同じである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

禅定とはサンスクリット語dhyaana(aaはa の長母音のこと)の音写である「禅」という語と、その意味をとって「定」という語の複合として訳されと言われています。

そこで、禅とは外面的な心の安定であり、定とは内面的な心の不動と解釈するのです。

外的な心の安定とは外界の一切のものごとにとらわれないことであり、内面的な心の不動とは自己の真実を見極めて動じないことです。

「では、どうすれば禅定に達することができるのであるか。」・・・それは覚りに達すること、解脱することになります。


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