SRKWブッダ著「仏道の真実++」【善き談論】◇ 解脱論

(以下引用)

【善き談論】 ◇ 解脱論

解脱とは、一言で言えば、この名称と形態(nama-rupa)の脱落・終滅である。

ただし、このことを了知するのは覚った後であって修行者は知ることができない。

そこで、解脱論という場合には、解脱がどのようなときにどのようにして起こるのであるかということについての論であると考えて差し支えない。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「解脱とは、この名称と形態の脱落・終滅である。」とは、修行者は了知できないので、これは知識として学ぶことであります。

しかし、これを知識として学んでおくことは、仏道修行における重要な指針になります。

その上で、解脱がどのようなときに、どのようにして起こるのであるか「善き談論」をするのです。




この記事へのコメント

風雲
2020年11月28日 07:35
過去と未来の脱落

概念と想念の脱落

後悔と希望の脱落

過去の自分と未来の自分の脱落

過去の他人と未来の他人との脱落

最終の解脱は

過去の例外なく全ての生と
未来の例外なく全ての生と
脱落

今自分が
全ての生を求めることがない

今自分が自分を求めることがない

07024331113 風雲
ノブ
2020年11月28日 20:31
善知識によって解脱した人々は、その法の句の具体と、状況の具体をあまり語らないが、それは何か理由があるのでしょうか?
法津如来
2020年11月29日 06:07
ノブさん、コメントありがとうございます。
質問のお答えします。
解脱者が法の句を具体的に語らないのは、その内容を誤解されたくないからです。
法の句は普通の言葉ですから、法の句とわからない人には、軽いもののように取られかねないからです。
法の句は、その言葉が現れる状況も必要なのです。
風雲
2020年11月29日 16:11
風雲は10年ほど前に母親の為に自分の人生を棄てました。母親の言うことは、全て聞いてあげよう。急に用事を頼まれてもすぐ聞いてあげよう。

また、その頃ネット上で周りの心配をし、まるで新入社員が周りの職場の人を心配するように、赤ちゃんが母親を心配するように、真剣真面目に一生懸命になってました。

ある夜

ネットで真剣に相手を思いやり、ネットで一対一で向き合い、相手の為を思い発言してました。ゴータマ・ブッダに関することで

その時電車に乗ってる時の外の光景のように母親が入ってきてオレンジを置いて行きました

風雲はネットに向き合い、外の光景として母親がそのように気づいてました。

ネット上では進行は止まらず走り続けてます。一対一で会話の応酬中で真剣勝負そのものです

なぜならその頃には二十四時間寝ていない限り慈悲の冥想して1ヶ月近く経っていた頃ですから挫ける訳にいかない。

これ以上突っ込んで話をすれば、相手も自分も崩壊する、タイミングにまで迫りました

その時無の状態が起きました。無の状態の時に頭の中にスマナサーラ長老が現れ、自分の言葉でもない、スマナサーラ長老の言葉でもない、「生きとし生けるものが幸せであります」が現れました。スマナサーラ長老と自分の前に現れました。

「いいんだよ」という感じのスマナサーラ長老が微笑ましく見てました

そして、相手も自分も崩壊するかも、で無になった状態から「生きとし生けるものが幸せでありますように」その相手も自分も崩壊するコメントを相手に送信しました

物凄い歓喜と高らかな笑いと、突き抜ける解放がありました。それがすぐに落ち着き、慈悲の冥想にしっかり至り

オレンジを見ました

食べ終わってました

虫が集まってました

外の虫にも食べさせてやろうと

オレンジの皮を網戸をあけて投げようとした瞬間

「なにやってるんだ俺」

手に持ってるオレンジの皮には既に虫が集まってるのに

それを忘れて外の虫を思い投げようとしてたのです

「何もしなくていいんだ」

と悟り元に戻しました

第一段階目の自我の崩壊

「何もしなくていいんだ」

その後の風雲の人生は

何もしなくていい為に

家出をし、スリランカに飛行機で飛びました

誰も知り合いはいない

帰りの航空券だけもち

2週間

その後

家出はやめて家に帰り

母は既に癌が進行し亡くなっていて

いろいろ

済まして

ちゃんと

正式に

住所も実家から抜け

今度は

正式に行く場所スリランカのお寺に

飛びました

初めて部屋に入った時

以前ここにいた

この場所懐かしい

と凄く落ち着きました

そのことは誰にも告げなかったのですが

そこのお寺の関係者に貴方は先代の亡くなられたここの住職だと思う

と言われた
風雲
2020年11月29日 16:25
そこのお寺は

山の頂上にあり

天界でした

しかも1日中

ゴータマ・ブッダにお仕えし事を行う訳ですから、最上の生きる上では最上でした

3ヶ月でビザか切れ

二年の延長申請の為

一旦日本に帰りました

しかし決意は固まってました

絶対スリランカのお寺には行かない

俺駄目になると確信があったからです

話せば、誘惑に負ける

それも確信がありました

逃げました。逃げ続けました

そして

山の上の湯治場に入りました

そこは訳あり

身を隠す、浮気相手と来る、大麻をやりに来る、自殺志願者、いろんな人が出入りし、社会から脱して来た人ばかり

警察はよく来ました

そこで

確実に死のう

何にも頼らず確実に死のう

そう思い

食べなくて

餓死しよう

確実に餓死しよう

としながら

一年パン一個がどうしても

やめられない

食べて生きてしまう
風雲
2020年11月29日 16:35
そうするなかで

物凄い怒りに至ってる自分に気づきました

怒りが全てを見えなくしてると気づき

パン一個を置いて

これを食べないようにして

死のうと思いました

食べものがあったのに

死んだ

餓死と周りに思われない

パンを一個

食べずに置いて

餓死すれば

周りからは餓死と思われない

悲しませない

これで死ねる

となって

その流れに入ったら

すぐに

食べ物からの解脱が起きた

物凄いからだが軽くなり

体重がない

浮いてる状態

嬉しくなってすぐに宿を出て

都市にでた

食堂街から

いろいろ8日かん歩いても

体重がない

浮いてる

一個のパンは

鞄のなかのまま

風雲
2020年11月29日 16:40
そうする

ネットで呼び掛けがあった

生きとし生けるものが幸せでありますように

生涯生きてください

というような内容に受けとった

そうだこれを教えようと

今に至る

追伸

阿羅漢になった時に

第一段階目の自我の崩壊する

ネット上の相手は阿羅漢だったと気づいた

なぜなら阿羅漢になって、阿羅漢しか語り得ない内容を風雲に対して語っていたからです
風雲
2020年11月29日 18:38
その内容は

論理出来るものではない

阿羅漢以外が

理解出来るものではない

理解出来る筈の論理なのに

頭が理解しない、理解を拒む

理解出来る筈の論理とは分かってるのに

頭が理解しない

だから

論理で阿羅漢に至ることはない
風雲
2020年11月29日 18:52
一応論理してあげます

何もないテーブルの上に

風雲がコップを置きます

貴方に「今何を置きましたか?」

と風雲が尋ねます。

貴方はこう答えるでしょう

「コップを置きました」

では「テーブルの上に何がありますか?」と風雲が尋ねます。

貴方は「コップがある」

と答えるでしょう

次にそのコップを風雲が取り去ります

貴方に尋ねます「何がなくなりましたか?」

貴方は答えます

「コップがなくなりました」

かれが「ない」の一つの定義です

【何々がない】

ーーーーーーーーーー

さて次の「ない」の定義に入ります

何もないテーブル上にないものは何ですか?

貴方は答えます

「何もない」

これが涅 槃です

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一個目の「ない」の定義は怒りです

二個目の「ない」の定義はない怒りです

ーーーーーーーーー

あるがない=怒り

ないがある=ない怒り



風雲
2020年11月29日 19:01
何もないテーブルの上にないものは何ですか?

答えは

「何もない」

「ないものがない」

「最初から何もない」

「根本的に何もない」

その者に怒りがありますか?

「何々がない」という不満がありますか?

ある、という過去がないなら

「何々がない」という怒りもない

まっ☀この程度にしましょう

論理で貴方が悟ることはない

理解出来てるのに、頭が理解しない