SRKWブッダ著「仏道の真実++」【解脱知見】(3)

(以下引用)

【解脱知見】(3)

また、自分が覚る前とは明らかに違う存在になったことを自覚する。具体的には、次のような覚知を生じる。

 ●  この名称と形態(nama-rupa)が滅したことを如実に知る。具体的には、識別作用の滅を明らかに知る。
 ●  自分が、この世で為すべきことを為し終えたことを覚知する。
 ●  これらのことが、決して逆戻りしないものであることを覚知する。
 ●  自分が、すでに人としては数えられない存在になったことを覚知する。
 ● 智慧の意味を完全に理解する。すなわち、智慧が法の句によってのみもたらされるものであることを覚知するのである。

このような種々様々な覚知を得ることにより、自分が間違いなく解脱したと知るわけである。

ところで、衆生の目から見たとき、

「この人はすでに覚っているのではないか・・・?」

と思える人が世間にいるかも知れない。

しかしながら、多くの場合それは誤認である。実際、ブッダの眼にはそれらの人々が覚っていないことが一目瞭然だからである。そもそも、彼らは解脱知見を生じていないことが見て取れる。それだけでなく、彼らがもし解脱知見を生じていれば、そのことについて語るであろう。しかし、彼らが解脱知見について語ることはない。否、解脱知見の真実を知らないので語りようがないのである。このようなことから、世間に覚った人はほとんどいないと分かるのである。彼らが覚ったかのように見えるのは、言わば衆生の欲目に過ぎない。

(以上引用)


*法津如来のコメント

この引用文では、「自分が覚る前とは明らかに違う存在になったことを自覚する。」ことを具体的に書かれています。

まず、「この名称と形態(nama-rupa)が滅したことを如実に知る。具体的には、識別作用の滅を明らかに知る。」ですが、私は「識別作用の滅」の意味を誤解していたことが、解脱から解脱知見の期間が長くなったのだと考えています。

「識別作用の滅」とは、感覚がなくなることではなく、感覚に対して好き嫌いの意識がなくなることです。

解脱知見を得た後は、「自分が、この世で為すべきことを為し終えたこと」「これらのことが、決して逆戻りしないものであることを覚知する。」ことは間違いないことです。

また、衆生をみて自分との意識の違いを感じて、「すでに人としては数えられない存在になったこと」を実感するのです。

そして、このことは「智慧が法の句によってのみもたらされるものであることを覚知する」のです。


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