石法如来の特別寄稿 「『解脱知見(げだつちけん)』について(その1)」

2020年12月23日付の、ブログ「法津如来の独り言」においてSRKWブッダ著『仏道の真実++』【解脱知見】(4)を拝読し、法津如来の書かれたコメントに「私が見落としているのかもしれませんが、解脱知見を得た状況はまだ知りませんので、どこかに書いてくれると、修行者の参考になるでしょう。」とありましたので、少し書きたいと存じます。
 
丁度、参考になるメールがありましたので掲載致します。文中、ワンギーサ先生は法津如来を、ブッダ先生はSRKWブッダを表します。なお、このメールは2018年4月4日に、私がワンギーサ先生(当時)に宛てて出したものです。
 
本メールは、修行の参考に資するため掲載致しますが、先入観にとらわれる事なくあくまで参考に止めて下さい。なおこの時点で私は、SRKWブッダの弟子ではありませんでした。(2018年4月15日、9番目の弟子になりました。)
 
以下、メール本文です・・・。
本題に入りますが、当然「うそ・いつわり」無く語ります。ただ、「解脱」に関する例が極端に少なく、達成者も「ほぼいない状態」なので、「疑い・疑問」は当然あり得ることです。ただ、ワンギーサ先生に「有益な情報」となることだけを祈って書きたいと思います。因みに私は「智慧の解脱」は果たしてはいません。「心解脱」以上「智慧の解脱」以下です。
 
「解脱知見」の認識ですが、「法の句」を聞いて解脱して「解脱知見」という順序は一般論としては「そうである。」と思いますが、それに「囚われてはいけない」と思います。
何より私は、今回の「解脱知見」の前、昨年の10月10日早朝に「初期のさとり」(心解脱)を間違い無く果たしていたからです。
 
「観(=止観)」の修行を始めた最初の日に、私は間違い無く「懺悔(ざんげ)」を果たし、その直前に「さとり」を得ておりました・。・・・この手順は、ブッダ先生の著書の通りです。
それ以前からの修行において自分自身、「観(=止観)」を完成させており「解脱」にいたる準備が整っていたが故に、ある意味当然の如く「それ」が起こったと言えます。・・・そうでなければ、「それ」が起こるはずは無いからです。
 
10月10日の時点で、すでに「法の句」を聞いており「懺悔」・・・その直前に「解脱」という手順を踏んでおります。(ブッダ先生の著書にある通りの手順です。)
その「解脱」において自分自身「変わった」ことを実感しており、精神面での「認識レベルの変化」を感じておりました。ただ、「心解脱」は、「この世界に近い解脱」なので、「認識レベル」がはっきりしない部分があります。(これも、ブッダ先生の著書に書かれております)
 
何が変わったかと言うと、「戒」が確立されるというのが明確な変化です。「道に外れるような事が自然と出来ないようになる」、本当にこれは不思議です。・・・個人的な事なので省略しますが、例えば「お酒の好きな人」が我慢しなくても「お酒が飲めなくなる」というようなもので、色々な事が「苦もなく(制御)出来る様になる」、そのような感じです。
 
あと、精神面では「心の動揺がなくなった」という事です。これについては、また後で書きます。
ただ、私としてはある意味「いきなり結果」が出たので、「自分自身」が「それ」について行けず「考えが甘く」なった部分があったのでは?という反省と、「心解脱」は「それ位微妙なもの」であると言う事です。だから、良く知っている人がしっかり「その事」を教えて自覚を持たせる必要があると今なら、そう思います。(それに近いことは、ブッダ先生も著書に書かれております。)
それが、私の場合、指導が中途半端な感じでした。(最も指導できる人間がいないというのが現実なのですが・・・)                           
 
大事なことは、「心解脱」を果たしたなら、あとは因縁に依り「自動的に進む」という所です。だから、「法の句」は以後ある意味関係ないのです。感興句099「心解脱者」の最後にこう書かれています。「心解脱者は、今後の修行は不要である。 慧解脱は因縁によって起こることなので、気をつけているだけで起こるべきときに起こるのである。」
 
私は「心解脱」を果たし、感興句のコメント書きを始めます。そこで学んだ大きな事は2つです。・・・まず、「自分以外の他人の説を信じてはいけない(自らを信じる)」・・・要するに、「他人の説に翻弄される自分であってはいけない」という事。

                                                               (つづく)


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

石法如来が先日の私の希望に応えて、早速「解脱知見」について書いてくれました。
ありがとうございます。




 

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