SRKWブッダ著「仏道の真実++」【魔境】(5)

(以下引用)

【魔境】(5)

 ○ 争いを好み、悪を楽しんでしまうことが一つの魔境である。

この場合、生きたまま地獄に堕ちて気が遠くなるような長い時間、壮絶な苦しみを味わうことになるであろう。

善によって悪に打ち克つしか方法はないが、そのためには自分の過去の行為について省察することが勧められる。

そこで、その時自分が何者であったのか知るならば、悪を脱することを得る。

同時に、懺悔(さんげ)したならば一つの解脱を生じるであろう。

 
繰り返しになるが、すべての人は、「やさしくしたい」「やさしくありたい」という基本的な流れの中にある。そのことを自覚したならば、どんな魔境からも抜け出すことができるであろう。心構え正しく、魔境に陥らないことが最もよいことである。それでも、うっかり魔境に陥ってしまうこともあるだろう。そのようなとき、心を護って、魔境から抜け出す人があるならば、その勇気は称賛に値するものである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「争いを好み、悪を楽しんでしまうことが一つの魔境である。」という。

なぜ、争いを好み、悪を楽しんでしまうことがあるのでしょうか?

実際の世の中を見ると、確かの人類は争いを好み、悪を楽しんでいるようにみえます。

それは、心に名称(ナーマ)と名称(ルーパ)という汚れがあるからです。

ではなぜ、心にそのような汚れがあるのでしょうか?

ある説によると人類が進化するために、生存競争に勝つためには、心にそのような汚れが必要であったと言うのです。

また、そのよう汚れの少ない人類がいたとしたら、すでに滅びているのでしょう。

ネアンデルタール人や縄文人などは滅びています。

心の汚れの少ない人は、この世は生きにくいかもしれません。

しかし、今人類が危機的な状況にいるときに、人々が苦しんでいるときに、人類は考え直さなければいけません。

生存競争に勝つことだけを考えてはいけません。

人類の進むべき新しい道を考えるべきです。


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