SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その1)】(2)

(以下引用)

【女性の修行(その1)】(2)

 ◇ 何がわからないのか分からない

 読者が具体的に何が分からないのであるかは、筆者には窺い知りようがない。しかしながら、読者が何を分かるべきであるかについては明言できる。それは、

 「仏道とは、真実のやさしさを理解する道である」

ということである。すなわち、真実のやさしさが分かれば良いのである。これによって、誰もが自分の人生を有意義に生きることができたと実感するであろうからである。

 逆に言えば、読者に限らず世間の人々は皆「真実のやさしさ」を知らないのである。もし知っているならば、すでにブッダとなっている。しかし、現実にはそうではないので、真実のやさしさを知らないのだと分かるのである。

 なお、何か別のことが分かっていないゆえに真実のやさしさが分からないのではない。真実のやさしさは、他の何とも関係なく単独で理解できる性質のものだからである。つまり、真実のやさしさを知るにはその何たるかだけを知ろうとすれば良いわけである。

 このようにして真実のやさしさを理解した人は、真実のやさしさにのみ生きる存在(=ブッダ)となる。これが、覚りの真相に他ならない。

(以上引用)


*法津如来のコメント

今回の引用文も深い。

よくよく吟味して、味わうべきでしょう。

「真実のやさしさが分かれば良いのである。これによって、誰もが自分の人生を有意義に生きることができたと実感するであろうからである。」

・・・これを実感したとき、生きていてよかったと思うでしょう。

「何か別のことが分かっていないゆえに真実のやさしさが分からないのではない。真実のやさしさは、他の何とも関係なく単独で理解できる性質のものだからである。」

・・・真実のやさしさは、何か別のもの、例えば心理学や倫理学など他のいかなるものが分からないから分からないのではないのです。

ただ、真実のやさしさを知るには、その何たるかだけを知ろうとすれば良いのです。



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