SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その1)】(3)

(以下引用)

【女性の修行(その1)】(3)

 ◇ 自分が好きになれる

 心に表裏があると、自分を好きになれない。なぜならば、人の根底にある正しい想いと現実の想いが相反することとなり、思考も行為も支離滅裂になってしまうからである。このため、自分自身にとどまらず他の人も理解に苦しむ状態となる。このようなことから、心に表裏が無くなればこの悩みは解消されよう。

 さて、覚れば心に表裏はなくなる。したがって、これによって首記の目的は達成されるわけである。ところが、覚りはその目的を超えた安寧をもたらす。何となれば、覚った人は好き嫌いということから根本的に解放されてしまうからである。このとき、人は首記の問いそのものが特別な意味を持たないことに気づくことになるのである。

 付け加えておくと、覚った人は自分を嫌いになるということもない。何となれば、法(ダルマ)に生きる人は、自分が嫌いになるような過ちを犯すことが無くなるからである。また、必要に応じて戒めが起こる。これによって、過ちは事前に回避されるようになる。

(以上引用)


*法津如来のコメント

自分が好きになれない人が、他人を好きになれるでしょうか?

この問いに答える前に、なぜ自分が好きになれないのでしょうか?について考えてみましょう。

本来、すべて生きものは、自分の生命が好きなのです。

それなのに、自分が好きになれないとはどう言うことでしょうか?

それは、何か歪んだ思いが自分の心のどこかにあるからでしょう。

例えば、自分は生きていてはいけない人間なのだと思い込んいるとか、または自分は自分が理想としている自分像と自分がかけ離れているのだと思い込んだいる等の理由があるでしょう。

これらの思い込みが解消できたら、自分が好きになれるでしょう。

自分が好きになれたら、他人を好きになれます。

自分も、他人も好きなれたら、真実のやさしさがわかるでしょう。



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