SRKWブッダ著「仏道の真実++」【覚りの予兆】(2)

(以下引用)

【覚りの予兆】(2)
 ○ 別の大きな予兆は、観の完成間近における予兆である。

未だ観が完成していないにも関わらず、もうすぐ観が完成するであろうという予兆が起こる。

それは余りにも強いので、「もうすぐ覚る気がする」などと家族に向かって口を開くほどである。

ただし、観を用いた修行に縁のない修行者はこの限りではない。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「観」については、本ブログで昨年11月6日から11月10日にかけて、引用しました。
https://76263383.at.webry.info/202011/article_7.html

その始めに、次のように書かれています。

「省察をさらに発展させたものが観(=止観:以下、断らない限り観と書いた場合には止観を意味する)である。違いは、省察は自分自身のことがらを対象として行うものであるのに対して、観は衆生を対象としている点にある。要するに、観とは一般化された省察なのである。」

私の場合は、観が完成ということを経験する前に解脱したので、この予兆は経験していません。

SRKWブッダは、この経験があったのでしょう。このことに関する御自身の記述をどこかで読みました。



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