SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その2)】(3)

(以下引用)

【女性の修行(その2)】(3)

 ◇ たった一言ですべてがハッキリする

 言葉を尽くしても、相手に自分の気持ちを伝えることができない。逆に、根掘り葉掘り問い詰めたとしても相手の本当の気持ちを理解することができない。この世でコミュニケーションを取ることは、容易ではない。

 ところが、ある局面においてはたった一言ですべてがハッキリする。その局面を、大事と呼ぶ。

 普段は耳当たりのよい言葉を口にしていても、いざという時に冷徹な言葉を浴びせかける者は友ではない。逆に、普段は素っ気なくても、あるいはいがみ合っていても、いざという時に誠ある言葉を掛けてくれる人は真の友なのである。そして、大事の中の大事たる一大事において、気をつけている人は世に希有なる「法の句」を耳にするであろう。その言葉の出現の真の意味を理解したならば、解脱が起こりブッダとなるのである。

 こころからしあわせを望む人は、言葉を正しく用いるべきである。そして、そのような人は他の人が発する真実の言葉を耳にして、それが人智を超えた不可思議なものだとさとるであろう。その言葉は、重大な局面を解決する唯一無二の完全な一言となる。その言葉は、その場に居合わせたすべての人々を安心に導く。その言葉こそ、智慧の現れに他ならない。

 ところで、自分では意識していなくても、発した言葉が誰かにとっての決定的な一言になる可能性がある。したがって、こころある人は言葉を選んで口にするべきである。売り言葉に買い言葉のような浅慮な言葉は避けなければならない。一つの言葉で相反する二つの意味を持つ言葉——賞賛や非難の言葉など——を、語ってはならない。

 悪意を含んだ言葉は、苦痛である。言葉によって人を悲しませると、のちに自分自身が苦しむことになる。たとえそれが誤解の結果であるとしても、相手が悲しんだならばその言葉を口にしたことは間違っていたのであると認めなければならないのである。

 また、一度口にした言葉は取り消すことができない。そは、すでに発せられてしまったからである。このため、うっかり余計な言葉を口にするくらいならば黙っていた方が賢明であると言われることになる。

 たとえ相手が罵声を浴びせてきても、これを黙って堪え忍ぶならば二つの利益(りやく)を得ることになる。一つは相手の気持ちが分かり、もう一つは知り難き自分の本当の気持ちが分かるからである。

 気をつけていないと、他の人を言葉で傷つけてしまう。その一方で、気をつけている人は法の句を聞き、ついに解脱を生じてブッダともなる。たった一言が、それらを為すのである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「言葉を尽くしても、相手に自分の気持ちを伝えることができない。」・・・自分の本心を自覚してない上に、見栄や思惑があるために、相手に自分の気持ちを伝えることができないのです。

「根掘り葉掘り問い詰めたとしても相手の本当の気持ちを理解することができない。」・・・本当には相手の気持ちを理解しようと思っていない上に、自分の思いで相手の気持ちを理解しようとしても、相手を理解できないのです。

ところが、そのことを自覚し、こころからしあわせを望み、気をつけている人は、たった一言ですべてがハッキリする局面に遭遇します。その局面を大事と呼ぶのです。それは幸せなことです。

ですから、こころある人はつぎのようなことに注意すべきです。

「自分では意識していなくても、発した言葉が誰かにとっての決定的な一言になる可能性がある。したがって、こころある人は言葉を選んで口にするべきである。」

また、「言葉によって人を悲しませると、のちに自分自身が苦しむことになる。たとえそれが誤解の結果であるとしても、相手が悲しんだならばその言葉を口にしたことは間違っていたのであると認めなければならないのである。」

また、「一度口にした言葉は取り消すことができない。そは、すでに発せられてしまったからである。このため、うっかり余計な言葉を口にするくらいならば黙っていた方が賢明であると言われることになる。」

たとえ、「相手が罵声を浴びせてきても、これを黙って堪え忍ぶならば二つの利益(りやく)を得ることになる。一つは相手の気持ちが分かり、もう一つは知り難き自分の本当の気持ちが分かるからである。」のです。



この記事へのコメント

クシナーラ
2021年01月28日 22:44
コミュニケーション。
私もっとも忌み嫌う言葉。
人は分かり合えない、だから思いやりや気遣いが必要。