SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その2)】(8)

(以下引用)

【女性の修行(その2)】(8)

 ◇ 虚しさ

 人生を満足して生きている間は、虚しさを感じることはない。しかしながら、ふと立ち止まって振り返ったとき、ある人は自分の人生が意味のないものに思えて虚しさを感じるのである。

 ここで、人生が思い通りに行かなくて虚しさを感じる人もあれば、人生自体は思い通りに進んで来たのだが虚しさを感じる人もあるであろう。それがどちらであれ、当人が虚しさを感じているというその事実が、かれの人生が空しいものであったことを如実に示しているのである。

 では、人々はどうして満足することができないのであろうか。それは、

 「欲望にしたがっている間は満足することがない。欲望を離れてこそ真の満足を得る。」

という真理が存在しているからである。

 諸の欲望は、果てしがない。これが虚しさを感じる根源となっている。欲望が強い人は、なおさらである。

 「どれが欲しい?」と聞かれて「全部欲しい」というのが、欲望の強い人である。逆に、多数を得ることが許されているのに敢えて一つに絞り込むことができる人は欲望が少なく、欲望を制しており、心が強い。しかしながら、このような人であっても虚しさを感じないわけにはいかない。何となれば、この世のことがらは何一つ思い通りにはならないからである。

 では、虚しさを払拭する方法は存在しないのであろうか。実は、その方法が存在するのである。そして、その方法が覚ることに他ならない。

 覚れば、しあわせの境地たるニルヴァーナに至り住することを得る。このニルヴァーナは、虚妄ならざるものであり空しからざるものである。この境地は、真の満足を得る境地である。また、ニルヴァーナに至ったとき、為すべきことは為し終えたと知る。人生の最高の目的を達成したと知る。これは、虚しさの終焉である。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「『欲望にしたがっている間は満足することがない。欲望を離れてこそ真の満足を得る。』

という真理が存在しているからである。」

これが、この引用文の要点です。

虚しさとは、この真理を教えるためにあるのです。

虚しさを感じた時は、なぜ虚しいのかよく考えるチャンスなのです。

はじめに出てくる答えは、満足できない何かがあることに気がつきますが、

さらに考えると、それが満たされたとしても、満足できないことに気づくはずです。

具体的に考えると、わかりやすい。

オリンピックで金メタルをとっても、それで満足するでしょうか。

次なる欲望が出てくるのです。

欲望がある限り、満足はできないのです。

ではどうするか?

欲望から離れることです。

欲望から完全に離れることを覚るといいます。

人間である限り、欲望から離れることは不可能だという人もいますが、

それならば、人間を超えればよいのです。

それはできます。

私ができたのですから。



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