「まことではないもの」と「まことであるもの」

今日は、「まことではないものとまことであるもの」について考察します。

ダンマパダ11偈と12偈では次のように語られています。

「11 まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと)に達しない。」

「12 まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しい思いにしたがって、ついに真実に達する。」

(中村元訳:岩波文庫「真理のことば・感興のことば」より)

これらの偈について、このブログでは2009年1月6日と11月9日に解説しました。
https://76263383.at.webry.info/200901/article_6.html
https://76263383.at.webry.info/200911/article_9.html


その中で次のような「子供のためのダンマパダ」を作っていました。

「裸の王様の洋服を誉める大人は
ばかだから、本当のことが分からない

裸の王様を「裸だ」と言う子供は素直だから、
本当のことがよく分かる」

大人はいろいろなことを「忖度」して、真実が見えないのですね。
子供は素直だから、真実が見えるのです。

「まことであるもの」を「まことであるもの」と見るためには、素直な心が必要なのです。


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