SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その2)】(11)

(以下引用)

【女性の修行(その2)】(11)

 ◇ ロールモデル

 修行にロールモデルがあれば、ぞれぞれの修行段階における分かり易い目標となるかも知れない。このように考える人もあるだろう。しかしながら、先に述べたように修行は基本的に漸悟ではなく頓悟である。したがって、修行者のロールモデルなど存在していない。実際、修行者は衆生からいきなり覚者になるのである。

 ただ、逆に見れば、修行者はロールモデルに縛られることはないということである。修行途中の自分の姿がどうであれ、それを誰かと比べて気に病む必要もない。大事なことは、自分の覚り(=解脱)を信じ、静けさを目指してゆっくりと邁進することである。

 修行は、生きている間に完成すれば良いのである。短期間で周到に修行を完成させた人も、じっくりと修行を重ねて作仏した人も、覚ってしまえば同じしあわせの境地に達している。

 また、仏道修行の実際は遍歴修行となる。すなわち、紆余曲折を伴いながら次第次第に修行は進み、ついにニルヴァーナに至ることになる。このため、修行途中の姿は行きつ戻りつを繰り返すように見えるであろう。したがって、途中の段階の暫定的なロールモデルも存在し得ないのである。要するに、修行が順調に進んでいるとかいないとか論議することそれ自体がナンセンスである。智慧の輪が、解けたか解けていないかのどちらかであって途中まで解けたなどということがないように、仏道修行も完成させた覚者とそうでない修行者の二者があるだけである。

 ただし、仏道修行においては修行の最後の瞬間における一押しが極めて重要であり、そこにおけるピンポイントのロールモデルを指摘することはできよう。具体的には、たとえば般若心経の最後に付されている咒(マントラ)などがそれに当たる。この咒をロールモデルとする人は、修行の最後の最後で偉大なる決心を為して見事に作仏するであろうからである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「ロールモデル」とは、自分にとって、具体的な行動や考え方の模範となる人物のこと。人は誰でも無意識のうちに「あの人のようになりたい」というロールモデルを選び、その影響を受けながら成長するといわれます。(人事労務用語辞典の解説)

グーグルで検索したら、上の解説がありました。

もし、修行者が修行にロールモデルがあるとすれば、一時期はそれが修行の役に立つこともあるかもしれませんが、最終的にはそれは修行の妨げになります。

最後はそのようなロールモデルを打ち破らなければ、解脱しません。

解脱するときは、一切の固定観念を打ち破っているのです。

また、解脱して、生まれた仏とは言われても、それぞれ別の因縁にとって解脱するのであって、決して同じではありません。

それは、SRKWブッダ、法津如来、法捗如来、法風如来、石法如来が解脱した経緯や、その後を見ればわかることです。

SRKWブッダと法津如来は別の仏であり、私がSRKWブッダを模倣しようとしたら、決して解脱できなかったでしょう。むしろ、SRKWブッダから離れようとしてから、解脱知見を得たのです。

しかし、この引用文の終わりの「ただし、仏道修行においては修行の最後の瞬間における一押しが極めて重要であり、そこにおけるピンポイントのロールモデルを指摘することはできよう。具体的には、たとえば般若心経の最後に付されている咒(マントラ)などがそれに当たる。この咒をロールモデルとする人は、修行の最後の最後で偉大なる決心を為して見事に作仏するであろうからである。」については、2021年01月19日の法津如来のコメントの終わりに書きました。
https://76263383.at.webry.info/202101/article_20.html



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