石法如来の特別寄稿 「平和な世界と仏教」

 仏道を成就させるには、世の中が平和でなければ達成は困難と言えます。例えば、戦乱の中で「覚り=解脱」を得ることなどほとんど無理であると考えられるからです。
また、平和の概念の中にはその国の政治体制も影響があります。信教の自由が認められていない国では、仏教は宗教と関係がないと言いながらも修行(行為)に制約を受けます。
 
同じく、高度な監視・管理・情報統制社会も修行に窮屈さを与えます。その人の、行為一般が政府に筒抜けで行動を管理・監視されているという状態は、やはり修行には不向きと言えます。
日本の歴史から考えますと、仮に戦前のような強い相互監視・同調圧力などが存在する場合、自由にものを言うことも他人と違う行動を取ることも危険人物というレッテルを貼られ、村八分状態に置かれることも考えられます。
 
修行の基本にあるのは、「平和」であるという論点で話を進めますが、先日中国ウイグル自治区で起こっている中国共産党(CCP)による弾圧の動画を拝見しました。彼らは、ウイグル人であるという理由だけで迫害・弾圧を受け、強制労働に近い状態で働かされ臓器売買・人身売買も行わているようですし使用言語も統制され、民族浄化も進んでいるようです。                                                                                                                         
民族浄化とは、「おもに戦争における戦略として、虐殺、強姦、強制移住などの手段で特定の民族を殲滅させることを言う。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)とあります。ウィグルの女性は、中国人の男性と強制的に結婚させられ子供をもうけますが、世代が下るほどウィグルの血は薄まり、やがて種族の血は絶えてしまうということになります。  
                                                                                                             
更に中国では、1990年末に約7000万人の信者がいたとされる法輪功に対して、弾圧・迫害を加えるという事件がありました。法輪功は、中国発祥といわれる気功の動作に瞑想を加え健康増進に資する身体運動と言えるものですが、中国共産党政権は「精神性の復興は共産党の脅威」とみなし、1999年7月頃から法輪功の撲滅を開始します。 
                                                                                          
法輪功修練者(信者)は、洗脳教育のため強制労働所や刑務所に送られ過酷な生活を強いられ、2002年頃からは臓器売買にも利用されたようです。2000~2008年の間に、約6万5000人が臓器摘出のために殺害されたと推定されています。                                                                                                                       
以上のように、共産主義国家による悪魔的・非人道的な行為が、ごく身近な国で実際に行われていることに強い恐怖心を感じてしまいます。それに比べ日本という国は、特定の政治思想を強要されることが無く(思想・良心の自由)、宗教的信仰(信教の自由)が憲法で保証されており、「自由と民主主義」がしっかりと守られ、私達は何をするにも恵まれた生活環境を享受していると言えます。
 
そう考えますと、現在の日本人は仏道修行には最適な環境を得ており、修行の成就に必要な東洋人特有の豊かな精神的感性・要素などを加味すると、おそらく世界一恵まれた環境下にあると言えるでしょう。
 
何より、仏教の学びを進めるための文献・資料も豊富に揃っております。漢文の経典は、既に1500年ほど前朝鮮経由で大量に入って来ておりますし、原始仏典も明治時代(1876年、南條文雄・笠原研寿)にヨーロッパと交流が進み、サンスクリット・パーリ語の原典が入って来て、東京大学インド哲学科などの学者により研究が飛躍的に進みました。仏教経典の研究・編纂・整備は、世の中が平和であり交流が地球規模で進んだことの恩恵と言えます。
 
世の中が、「平和」であればこそ精神(こころ)の平安を求め・得ることが出来ます。しかし平和は、特定の人間によって得られるものでは無く、また特定の人間から与えられるものでもありません。
 
一人一人が平和を希求し、平和に繋がる行動を成し、その念(おもい)を世界に広めて行く努力をしなければ、あっという間に平和というものは雲散霧消してしまいます。
私達一人一人が、時に平和を脅かす存在と対峙する気構えを持ちながらも、いつまでも平和を存続させていくという強い意思を持ち続けることが大切であり、それが仏道成就に必要な環境を整えることに繋がって行くのです。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

今回も石法如来が寄稿をしてくれました。ありがとうございます。

 

この記事へのコメント