石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その2)」

仲基の著作は、十余編あると言われておりますが現在全文を読む事が出来るのは、『出定後語』、『翁の分』、『楽葎考』の三著作のみです。
その中で有名なのが、『出定後語』(しゅつじょうごご)と題された書物です。この著作は、仲基が逝去する約九ヶ月前に刊行されたようです。

仲基の著作の特色は、オリジナリティあふれる方法論や思想です。何より、独創性があると言うことですが、それは誰もがすぐ「そうだな」と理解出来るという訳ではありません。また、早熟という面があり多くの人なら、長年の研鑽・努力で到達する地点へ早い段階で飛躍するという、ある意味天才的才能をもつ人物でしたから、内容的には難解と言えます。

富永仲基の名を有名にしたのは、「大乗非仏説論」の先駆者として存在したことです。「大乗非仏説論」とは、大乗仏教の経典は釈尊(ゴータマ・ブッダ)の説かれた教えではないとする説です。
阿含宗の桐山靖雄は、原始仏典である阿含経を依経として一宗を立てたので、この「大乗非仏説論」は自分の教義にとって都合が良いので、法話や著書に利用したという訳です。

仲基は、江戸時代の半ばにおいて、仏教の思想体系を根本から揺さぶる論を、世界に先駆けて世に出した人物です。それを、独力で成し遂げたのですから多くの人が天才と評するのも無理はありません。

彼は、加上説に基づき経典の成立順序を推測したようです。
その順序は、①「阿含(あごん)」-②「般若(はんにゃ)」-③「法華(ほっけ)」-④「華厳(けごん)」-⑤「大集(だいじつ)・涅槃(ねはん)」-⑥「頓部楞伽(とんぶりょうが)」-⑦「秘密曼荼羅(ひみつまんだら)」といった仏教思想の展開(経典の成立順序)を推論しました。

簡単に説明すると、最初は釈尊の直説(直接聞いた教え・口伝(文字化されず))だったものが、色々加上や分派があって『阿含経』が成立。そこから空(くう)を主張する般若経典や・『法華経』・『華厳経』(今で言うところの初期大乗経典群)、そして『大集経』や『涅槃経』(中期大乗経典群)や『楞伽経』(禅宗を指します)、最終的に密教経典群(後期大乗経典群)が生まれたと考えたのですが、これは概ね現代の研究結果と符合しています。

仲基の、オリジナリティあふれる方法論や思想ですが、次の五つがポイントです。(以下、引用)
1、加上(かじょう)
思想や主張は、それに先行して成立していた思想や主張を足がかりにして、さらに先行思想を超克しようとする。その際には、新たな要素が付加される。それが仲基の加上説です。
つまり、そこにはなんらかの上書き・加工・改変・バージョンアップがなされているとするのです。

2、異部名字難必和会(いぶみょうじなんひつわかい)
同じ系統の思想や信仰であっても、学派が異なると用語の意味や使い方に相違が生じ、所説も変わる。そのつじつまを無理に合わせようとすると論理に歪みが生じる、とする立場です。

3、三物五類(さんぶつごるい) 
言語や思想の返還に関するいくつかの原則です。三物とは、①言に人あり、②言に世あり、③言に類ありの三つを指します。①は、学派によって相違するということ。②は、時代によって相違するということ。③は、言語の相違転用のパターンを五つに分類したもので、張(ちょう)・泛(はん)・礒(ぎ)・反(はん)・転(てん)を挙げています。これが「五類」です。

4、国有俗(こくゆうぞく)「国に俗あり」
思想や信仰には文化風土や国民性が背景にあることを指摘したものです。仲基は「くせ」とも表現しています。言葉には、三物五類の諸条件があって、思想や教えが別れる。
さらに、国ごとに民族・文化・風土の傾向があって、そのために説かれる思想・教えが異なっていく、ということです。

5、誠の道
どの文化圏や宗教においても共有されているもので、人がなすべき善を実践していく道を指します。「道の道」とも表現しており、「人が道として歩むべき真実の道」だと仲基は考えました。
(以上、『天才 富永仲基』11~13頁から引用)

文献研究において、納得出来る内容・態度ばかりの列挙ですが、18世紀の江戸時代にこの様に進んだ方法論を独自に構築した人物(仲基)が存在したことに驚いてしまいます。


*法津如来のコメント

本日2回目の更新です。

「富永仲基について。」、続きが楽しみですね。



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