「無分別智(その37)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その37。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[清浄ならしめる]

無分別智は、少なくともそのことについて、自分のみならず相手をも清浄ならしめるものです。 

無分別智が顕れたとき、自ら三毒(貪嗔痴)を解毒するとともに、相手をして三毒から解離する(捨てせしめる)働きを為すからです。 

聡明なる人は、それを目撃したとき、その清浄さを直ちに理解してこころ打たれることでしょう。


*法津如来のコメント

これも具体例があれば、よくわかるでしょう。

少年たちが広場でボールの取り合う遊びをやっていました。

ある少年が他の少年を誤って怪我をさせてしまいました。

そうしたら、他の少年たちは怪我をさせた少年を非難したのです。

ところが、怪我をした少年は、

「みんな、彼を責めないで。彼はわざとやったのではないし、僕は大丈夫だから。」と言ったのです。

それで、またみんなで仲良く遊び始めました。

怪我をした少年には怒りの心はなかったのです。

それよりは、非難された少年がかわいそうだと思ったのです。

怪我をさせてしまった少年の心は、彼の言葉で救われて、清浄になったはずです。

また他の少年のなかには、怪我をした少年の心の清浄さを直ちに理解してこころ打たれたでしょう。

怪我した少年に、そのとき無分別智が顕れたのでした。


石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その1)」

日本の長い歴史の流れの中において、仏教がその存亡の危機に陥った事実をご存知でしょうか?・・・その事実は、現在ほとんど歴史の闇に葬り去られている感がありますが、今回は「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」について書いてみたいと存じます。
 
まず、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)とは何かと申しますと、「仏教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(破棄)し、仏教を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃(破壊)し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)とあります。
 
今回、この記事を書くことになった因縁は、先に富永仲基(とみながなかもと)の記事を書いたことです。その記事の中で、「富永仲基の名前を、後世に残す決定打となったのはやはり「大乗非仏説論」の先駆者として存在した」という文章があります。
 
大乗非仏説論と言うのは、国学者の平田篤胤(ひらたあつたね)の「出定笑語」などに大乗非仏説が発表され、国学者や神道学者によって仏教攻撃の大きな原動力となった学説です。                                                                                                          
平田篤胤は、安永5年(1776年)生まれ江戸時代後期の国学者です。富永仲基は、正徳五年(1715年)に生まれ、延享三年(1746年)に逝去しています 。
                            
そう考えると、平田篤胤(あつたね)が「出定笑語(しゅつじょうしょうご)を文化8年(1811年)に著し大乗非仏説を唱え、仏教を攻撃したのは仲基逝去後65年以上経過してからと推定出来ます。               
                                                                                       
平田篤胤は、富永仲基の『出定後語』の理論を借用し『出定笑語』を著しましたが、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前(1820~1840年代)の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動・更には廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の思想原理になったと言われます。
         
富永仲基がまいた種が、その後に国学者達の仏教批判を助け、近代における大乗非仏説論争の源流となったと言うことです。彼(富永仲基)の研究や著作が、間接的に大乗非仏説論・王政復古運動・廃仏毀釈に繋がったようですが、私自身以前に『仏教抹殺』という著書を読んでおり、その問題に興味を持っていたので今回記事として取り上げた次第です。
 
廃仏毀釈とは、その言葉の意味が示すように「仏教の存在を根底から叩きつぶす」イメージを持ちますが、実際それがどの様に行われてきたかを見てみます。
廃仏毀釈の最初の徴候は、江戸時代末期に既に表れていたのですが、本格的に行われたのは明治維新後のことです。
 
日本人にとって、明治維新とは徳川幕府(幕藩体制)を終わらせ、アジアの中でいち早く西洋に比して劣らぬ文明を目指す時代を到来(文明開化)させたと、美談ばかりが先行しがちですが実際のところはどうだったのでしょう。
一つの時代が終わると言うことは、決して綺麗事だけでは済まされるものでは無いという事実がここに存在します。それは、廃仏毀釈が行われたと言う事実だけを見ても明らかです。
 
現代日本の状況を見渡してみると、仏教と神道は互いに衝突をすることもなく、それぞれの分野においてきちんと住み分けし、平穏に物事が過ぎているように見えます。知らない人が聞いたら、「まさか、その様なことがあったとは信じられない」という感想を持つことでしょう。
ある意味、忌まわしい出来事は歴史の闇に消え去り、全て無かったことにされていますが事実は違います。
 
日本の宗教活動は、世界の宗教史の中でも特殊な形態を辿って来ました。中世以降江戸時代まで、神道と仏教は適度にまざり合い(混淆(こんこう)宗教)、寺と神社が同じ境内地に共存するのも当たり前といった状態でした。この様に、日本では実におおらかな宗教風土が長い年月維持されて来たのです。
 
しかし、明治維新を終える頃、日本の宗教は大きな節目を迎えることとなります。・・・明治新政府は、国民を統治するために強力な精神的支柱が必要と考え手段を講じました。
そもそも明治維新とは、「王政復古」のかけ声のもと大きな倒幕の力を得てきた経緯があります。それに関連し、純然たる神道国家(天皇を中心とする国家)を目指すことになるのです。


*法津如来のコメント

石法如来から新たなテーマで特別寄稿を頂きました。

テーマは「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」です。

4回の連載になる予定だそうです。


「無分別智(その36)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その36。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[歯切れのよさとは無関係]

無分別智は、歯切れのよい言葉や態度として顕れることもあり、歯切れの悪い言葉や態度として顕れることもあります。 

すなわち、無分別智は、歯切れのよさとは無関係です。 

しかしながら、無分別智は、歯切れのよさとは無関係であるにもかかわらず、取り違えられることなく相手にはっきりと伝わるものであると(知る人は)知るのです。


*法津如来のコメント

このことに関しても、プロポーズの言葉に似ています。

プロポーズの言葉は歯切れのよい言葉で決めたいものですが、実際にはそのように上手く行かない場合も多いでしょう。

しかし、どんなに歯切れが悪くても、その人の気持ちがこもっていれば、かえってそれが相手に伝わるものです。

もちろん、歯切れのよい言葉もそれはそれで素晴らしいものですが。



「無分別智(その35)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その35。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[訂正・変更されない]

無分別智は、それが顕れたとき誰によっても訂正・変更されることはありません。 

勿論、無分別智を顕した本人も訂正・変更することはありません。 

無分別智は、一切の迷いを予め振り切ったところから、ずばり表明されるものであると(知る人は)知るからです。



*法津如来のコメント

無分別智は、それが表現された時点で、最高で唯一のものになります。

よって、それは訂正・変更はできないし、それをする必要となるのです。

囲碁や将棋で言えば、最善手となるのでしょう。




「無分別智(その34)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その34。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[使い回しできない]

無分別智は、その状況についてのみ有効な一回限りのものであり、他のいかなる局面に対してもそれをそのまま使い回しすることはできないものです。 

したがって、無分別智を知識化したり、事例化したりすることはできないのです。



*法津如来のコメント

無分別智は使い回しできないことは本当のことです。

この考えられる根拠は、初めとの認識のインパクトの強さにあるのでしょう。

このインパクトが人を解脱させるのでしょう。

このインパクトは、使い回されたものではできないのです。
ちょっとした例をあげれば、先日テレビで赤ちゃんが始めてアイスクリームを食べた時の映像が流されていました。赤ちゃんは一瞬動きが止まり、目を大きく見開いていました。

私の経験では、枝豆のお菓子が売り出されいた時があります。(今でも販売されているのでしょうか。)
それを食べた時、私はその枝豆の味が分からず、頭が真っ白になりました。枝豆は塩辛ものだと思っていたのに、それは甘いものだったからです。それに気がついたのはしばらくしてからでした。

初めての経験、初めての認識のインパクトの強さを考えれば、使い回しされたものにはインパクトはないのです。

無分別智は、その状況についてのみ有効な一回限りのものであります。


「無分別智(その33)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その33。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[唯一のもの]

無分別智は、その状況を解決することを目指して適用可能なあらゆる方法の中の最高のものであり、ただ一つの完全な方法なのです。 

それは、愛の表現としてのプロポーズの言葉に(ちょっと)似ています。 

プロポーズの言葉は、それ以外の言葉は考えられないものであるからです。 

もしそれで駄目であったとしても、他にはそれ以上の言葉は無いと分かっているからです。 

そして、プロポーズにおいては、それが相手に受け入れられずに悲しい結果を生むことがありますが、無分別智においては、常に喜ばしい結果しか生まないという特筆すべき特徴があるのです。


*法津如来のコメント

「無分別智は、その状況を解決することを目指して適用可能なあらゆる方法の中の最高のものであり、ただ一つの完全な方法なのです。」

これに関しては、SRKWブッダに多少の反論があります。

むしろ、無数にあると言っていいのです。

プロポーズの言葉もいろいろあっていいのです。どんな言葉も気持ちがあれば伝わります。

いろいろなブッダがいるように。


「無分別智(その32)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その32。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[命]

無分別智は、自然科学的にいう生命および生命活動、また仏教的にいう命(いのち)ということを直接の原因とせずに生じるものであると言えるでしょう。 

無分別智は、そのわずかな部分さえそれらに依拠して生じたとは考えられないと(知る人は)知るからです。 無分別智の清浄さという観点から見れば、それらは濁りを生む以外の何ものでもないと理解されるに至るからです。(法華経にいう五濁) 

つまり、無分別智は、少なくともその瞬間には命にもとづくこと無しに顕れ出るものであるからです。 

しかしながらその一方で、無分別智は命ということを通して(命という関わりの中で)顕れ出るものであることは間違いないことです。 

ですから、無分別智は、命のありさまを最初から最後まで否定するものではありませんが、それだけにこだわって命を超えたもの(作られざるもの,繰り返されないもの)を求めないならばついに無分別智を知ることはできないでしょう。
*法津如来のコメント

今回のテーマを次の問いで考えてみましょう。

自然治癒力は、無分別智に基づくものであるかどうか?

自然治癒力とは、生命自身の障害(傷や病気)を自分自身で治す力です。

これなしにはどんな薬も医学的な治療も生命は自分自身を治すことができないのです。

例えば、傷をしたとき、薬は傷の修復を妨害する細菌を防ぐことはできても、皮膚や筋肉、血管の修復はできないのです。これらはその生命の持つ自然治癒力によって修復されるのです。

手術をして問題の部分を取り去っても、その後手術による傷を自然治癒力で修復するのです。

多くの体の問題は、ほっておいても自然治癒力で解決します。

それらは、誠に見事のものです。

では、自然治癒力は無分別智に基づくものであると言えるでしょうか?

答えは否と言わざるをえません。

何故ならば、万能と思われる自然治癒力も死を止めることができないからです。

しかし、無分別智は死を克服します。


石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」

今回、著書『天才 富永仲基(独創の町人学者)』(釈 徹宗著・新潮新書刊)をもとに記事を書き進めて参りましたが、(その8)で終了となります。
著書の四割ほど『出定語後』の上巻までを色々書いてみましたが、まだまだ奥深い内容のある書物ですので、興味のある方は著書をお読み下さい。
 
私が、富永仲基の名前を知ったのは阿含宗時代のことで、今から40年程前になります。今回、偶然に釈 徹宗(しゃくてつしゅう)先生の著書に出合い、仲基とはどの様な人物であったか?を学ばせて頂きました。
 
富永仲基の名前を、後世に残す決定打となったのはやはり「大乗非仏説論」の先駆者として存在したというものです。大乗非仏説論は「国学者の平田篤胤(あつたね)の「出定笑語」などに大乗非仏説が発表され、国学者や神道学者による仏教攻撃の大きな原動力となりました。」(大白法「教学基礎講座」より引用)とあります。
 
平田篤胤は、安永5年(1776年)生まれ江戸時代後期の国学者です。富永仲基は、正徳五年(1715年)に生まれ、延享三年(1746年)に逝去しています
そう考えますと、平田篤胤(あつたね)が「出定笑語」を文化8年(1811年)に著し大乗非仏説を唱え、仏教を攻撃したのは仲基逝去後65年以上経過してからと推察出来ます。
 
余談ですが、平田篤胤が『出定後語』の理論を借用し『出定笑語』を著しましたが、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前(1820~1840年代)の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動・更には廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の思想原理になったと言われます。
                             
あくまで、仲基がまいた種がその後に国学者達の仏教批判を助け、近代における大乗非仏説論争の源流となったと言うことです。
 
仲基は思想家として、仏典の研究により従来から仏教界に存在する教相判釈を否定し、仏教経典はすべて加上されてきたものであり、経典には正しい成立順序があると主張しました。
その中で、仲基は『阿含経』などの初期経典にも加上があると考えていました。それらの研究の中で、仲基は、「間違った認識の上に成立した信仰・信心というのはおかしい」と声を上げたのです。 
       
仏教学者の中村元氏は、仲基の仏教経典の原典批判的検討を、日本思想史上に大きな影響を及ぼしたと考えます。・・・(以下、引用)
「しかし、仲基の仕事には、クリアすべき大きなハードルがあり、それは東アジアの仏教独特の事情であったことを喝破しています。それは何か・・・。「教相判釈」です。                                                               
教相判釈とは、「仏教の諸経典は釈尊一人で説いたという前提であったため、各経典間に矛盾が生じる。それをうまく解釈して、各経典にそれぞれ適当な位置を与える組織的体系のこと」です。
「彼は全勢力を傾けて、この古い組織的体系を破壊しなければならなかった」、そのように中村は言います。そして、「幾多の教相判釈の体系のうちで最も有力なものは、天台宗の五時八教である。だから彼は極力攻撃した」としています。」(以上、『天才 富永仲基』231~232頁から引用)
 
私の、阿含宗時代の師匠であった桐山靖雄は『阿含経』を依経として一宗を立てましたから、破壊すべき目標は、仲基と同じ天台大師智顗(ちぎ)の立てた教相判釈(五時八教)でした。
すでに江戸時代、その五時八教の教判を完全に論破した存在(富永仲基)が居たので、それを利用して自らの教学を補強したという経緯があるのです。
 
私も当時、一生懸命五時八教(阿含宗教学では五時教判(ごじきょうはん)と呼ぶ。)を勉強しました。だから、富永仲基の存在を覚えていたのです。
仲基が言うように、阿含経と言えど「加上」されているのですから釈尊直説とは言えません。釈尊直説は、厳密に言うと釈尊在世持の修行者のみということなります。
 
現在の師(SRKWブッダ)に出合い、大乗仏教の経典で覚りを得たことに正直驚きました。冷静に、経典成立の歴史を考えますと、純粋な釈尊直説など存在せず、全ての仏教経典は釈尊の思想の延長線上に出現し意味あるものであると考えたら、特段の拘りも胡散消滅してしまいます。
自らに因縁のある経典を信じ、「覚りの道」を追求する。・・・それが、何より大切なことです。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

石法如来の特別寄稿「富永仲基について。」の最終回になりました。

この最後の言葉は「自らに因縁のある経典を信じ、「覚りの道」を追求する。・・・それが、何より大切なことです。」

まったくその通りです。

次回は「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」を4回に分けて投稿してくださるそうです。
それらも楽しみにお待ちします。


「無分別智(その31)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その31。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[誓戒]

無分別智は、誓戒を守ることによって顕れ出るものではありません。 

無分別智は、誓戒を意識的に守るのではなく、

生まれながらにせよ後天的要素を含むにせよ予め誓戒を保っている人からのみ顕れ出るものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

ここで誓戒とは何か?

具体的に書いた方がわかりやすいでしょう。

誓戒を具体的に言うならば、自分を含めて相手もまた周りの人々も誰も悲しませないという心がけです。

無分別智は、この誓戒を意識的に守るというよりは、ひとりでに保っている人から顕れ出るのです。

無分別智は、これに反する発想や行為はできない人から顕れ出るのです。


「無分別智(その30)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その30。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[男女の区別は無い]

無分別智は、男女の区別無く顕れます。



*法津如来のコメント

無分別智が男女の区別無く顕れることは、男性のブッダも女性のブッダが世に出現したことでわかります。

彼らは、無分別智に基づく発言や行為をしているからです。

ここで特別に「男女の区別は無い」と記されていることは、過去はもちろん、現代においても女性差別の思想があるからです。

ただ、差別と区別は違います。

それぞれの特性があります。

男性のブッダも女性のブッダも必要なのです。


「無分別智(その28)、(その29)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その28、その29。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[知能に依らない]

無分別智は、知能の高低によってその顕れに差を生じるものではありません。
 
その証拠に、知能を論じる以前の年端もいかない子供から世に現れ出ることがあるからです。


[経験に依らない]

無分別智は、経験の多寡によってその顕れに差を生じるものではありません。
 
その証拠に、経験の浅い年端もいかない子供から世に現れ出ることもあり、経験豊富な老人から世に現れ出ることもあるからです。


*法津如来のコメント

今回は、「知能に依らない」と「経験に依らない」という二つの項目について引用しました。
両者とも、法の句(無分別智の現れ)を発する人が特別才能がある或いは経験があると言えない子供である場合がことが一つの根拠になっています。

SRKWブッダの場合は御自身の御長男(10歳前後)、私(法津如来)の場合は孫(9歳)でした。

私の場合には、まだ年端のいかない孫が、そのようなある意味大人じみた言葉を発するとは考えられませんでした。それでそれが法の句であると認識した記憶があります。

また、「経験豊富な老人(大人)」の例としては、法捗如来の場合はたしか彼女の母上の言葉であったと思います。また、石法如来の場合は育てのお父さん(叔父)であったはずです。

さて、本題とは異なりますが、今日は「仏教の日」です。

東京新聞によりますと「各国の仏教指導者らで構成する仏教最高会議(仏教サミット)では、仏教を開いた釈迦の誕生日とされる4月8日を「仏教の日」と制定しています。」なっています。

釈迦の誕生日に関しては、ウィキペディアによりますと次のようになっています。

「仏教は伝播の過程で、大きく南伝仏教(上座部仏教)・北伝仏教(大乗仏教)に分かれたが、釈迦の生誕日も両者で大きく異なっている。
南伝仏教では、ウェーサーカ祭にあたり、この日は釈迦の誕生・成道・入滅が起こった日とされている。
北伝仏教では、中国に仏教が伝来した際、インド暦2月15日がグレゴリオ暦に読み替えられ、4月8日が釈迦の生誕日とされたと考えられている。」

ちなみに、私の始めの孫の誕生日は本日です。


石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その7)」

『出定語後』の第八章で、仲基は「文化人類学的視点」を提示しています。すなわち、「俗」(ぞく)と仲基が名付けたものがそれです。「俗」は、文化特性や民俗や習俗の傾向を指し、「国に俗あり」と語り、「インドの俗は幻を好む(神秘主義的傾向が強い)」、「中国は文を好む(レトリック(美辞麗句・巧言)を重視する傾向が強い)」、「日本は秘を好む(隠蔽する傾向が強い)」と鋭い視点で評しています。
 
また、「インド人の習俗は幻術であり、漢人の文辞と同じである。そうしないと、民衆は信用しないのだ」と述べています。なかなか、面白い分析法です。
釈尊以前の宗教者達も、幻術を使って教えを広めたと彼(仲基)は語ります。だから、釈尊が加上によって自説を立てた際も神通(じんつう)をかりて広めるほかなかった・・・と。
 
面白い文章が載っています。(以下、引用)
「大衆部には『陀羅尼経』(だらにきょう)があり、『菩薩地持経』(ぼさつじじきょう)には四陀羅尼が説かれている。他にも経典には幻術の話が多い。それは、インド人が好むからである。また、弟子たちが釈迦の言葉と称して自説を立てて、加上していくのも幻術であり、六道輪廻も幻術であり、過去七仏も梵天勧請(ぼんてんかんじょう)も、すべて幻術である。」(以上、『天才 富永仲基』83頁から引用)
 
幻術とは、「人の目をくらますあやしく不思議な術」(「コトバンク」から引用)とありますから、幻の如く実体のないものを語り、さも実体があるかのように信じ込ませる。それが、布教伝道のための方便(目的のために用いられる便宜的手段など)だったのでしょう。
 
滑稽無糖な話を、単に馬鹿にするのではなく「それは性情(人間の性質と心情)であり、文化である」と捉え、自分の考えのみで批判するのは間違いであると指摘します。
確かに人間は、物事を判断するときに「自己の環境・思想など」を中心に思考を巡らしやすい生き物ですが、そうではなく広く民族的な嗜好にも着意しなければ間違えると言っているのです。
 
第十章には、興味深い文章があります。(以下、引用)
「釈迦が修行の末に、菩提樹の下で悟りを得たのは真実である。しかし、それ以前に三阿僧祇劫の修行があったというのは幻なのである。さらに無量劫とするのは、これぞ幻の中の幻である。」(『天才 富永仲基』89頁から引用)・・・経典には、目くらまし(幻術)が多いようです。
 
第十一章では、この様なことも言っています。「言葉というものは語る人によって変化し、バイアス(傾向や偏向)や制約を受ける」と・・・これを仲基は、「言に人あるなり」と表現しています。
更に、言葉は時代の制約を受ける(「言に世あるなり」)、すなわち時代の推移によって発音も変わるし、仏典翻訳者の用語も変わると述べています。時代の経過・変化とともに、仏典の内容も目にする風景と同じように変化することを教えているのです。
 
第十二章では、仏教思想で何かと問題になる「識」(しき)について語られます。「仏教の初期では、六根と六識が説かれていたが、次第に異部加上がなされていった」と。・・・異部加上とは、「各派がそれぞれ加上する」行為を言います。
 
さらに、(識と同様の意味に使われてきた)心(こころ)や意(い)は中国語であり、阿頼耶識(あらやしき・個人存在の根本にある、通常は意識されることのない識のこと)や、阿陀那識(あだなしき・深層の根源的な識である阿頼耶識の別名)は梵語であるため、その趣は異なるとします。
だから「うまく結びつかないので、書く言語の本意を知った上で理解すべきである」といった主張を述べています。
 
言葉は、本当に難しいです。同じ日本語でも、正しく伝えられるのは難しいのに、異なった言語の伝達は間違いが生じやすいです。仲基は、その辺のところ(言語と翻訳のずれ)について、きちんと意識していたようです。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

経典を理解する上で、インド人、中国人、日本人などの習俗を理解する必要があると言う指摘は確かに、面白い主張ですね。


「無分別智(その27)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その27。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[自力でも他力でもない]

無分別智は、自分ひとりで得られるものではありません。 

かといって、他力本願で得られるものでも無いのです。 

無分別智は、正しい熱望をもって人と関わる中で生じるものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

昨日の「法津如来のコメント」でも書きましたが、法の句(無分別智の現れ)は人から聞くものですから、自分ひとりで得られるものではありません。

また、無分別智は自分ひとりで完結するものではありません。他人との関係において現れるものです。

しかし、法の句を聞くのは自分です。また、無分別智にしたがって行うのは自分です。

というわけで、自力でも他力でもないのですが、自力も他力も必要です。



「無分別智(その26)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その26。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[瞑想の結果ではない]

無分別智は、いわゆる瞑想(メディテーション)の結果得られるものではありません。 

また、瞑想中に生じるものでもありません。 

無分別智は、いわゆる瞑想(メディテーション)とは無関係に生じたものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

いわゆる瞑想(メディテーション)は、いつも忙しく、慌ただしく生活している方には、1日に短時間(5分から10分くらい)はあってもよいでしょう。

しかし、1日に長時間(1時間以上)瞑想をするのは時間の無駄でしょう。

そのような時間があるのならば、他の仕事や勉強や趣味などに時間を活用した方が人生が豊かになるでしょう。

実は私は、睡眠3時間、食事や排泄など以外にはすべて瞑想をしていた時期もありました。

確かに、その時は心は落ち着いて穏やかになったような気がしていましたが、その状態から出て人と会い、人の声を聞き、話を始めると、心は元の状態にもどります。

心は全然変わっていなかったのです。

無分別智は二つありますが、両者ともいわゆる瞑想(メディテーション)の結果得られるものでないことはあきらかです。

一つは法の句(無分別智の現れ)は人から聞くものであり、もう一つは解脱者の行為に現れるものだからです。




「無分別智(その25)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その25。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm



[精神集中の結果ではない]

無分別智は、精神集中の結果得られるものではありません。 

無分別智は、精神統一の状態において顕現すると(知る人は)知るからです。 

現代的に表現すれば、完全なリラックス状態で顕れ、完全なるリラックス状態に安住せしめるものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

精神集中とは、意識の焦点を何かあるものに合わせることです。こうすると、あるものについては理解が深まり、そこに問題があれば解決できる場合があります。

しかし、世の中の問題はどこにあるかわからず、またよい解決方法も自分の考えの枠を超える場合が多いのです。

ですから精神集中では、無分別智は現れません。

精神統一とは、何か特別なものに意識を集中ということではなく、意識を落ち着いた安定した状態に保つことです。しかも、意識ははっきりした知覚状態になっているのです。

はっきりした知覚状態とは、心の汚れがなくなっている状態です。

このような状態の時に、無分別智があらわれます。

人間は完全なリラックス状態になるのは難しいのです。

心が汚れているために意識がはっきりした知覚状態になってなく、しかも心が絶えず外部刺激によって揺れ動いているからです。

心の汚れを取り去れば、外部刺激によって動揺しない、完全なリラックス状態を保てます。

最後に、参考になるダンマパダの偈372を紹介しましょう。


「明らかな知慧の無い人には精神の安定統一が無い。
精神の安定統一していない人には明らかな知慧が無い。

精神の安定統一と明らかな知慧とがそなわっている人こそ、すでにニルヴァーナの近くにいる。」



石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その6)」

『出定語後』の第四章には、本書の性格がよく表れています。決して、単なる仏教の批判書ではないことが理解出来ます。以下、各経典が築く世界の説明が種々異なることを列挙することで、いずれも元はシンプルな世界観であったものが、順次加上されていったと述べています。
 
(以下引用)
経典によって異なる理由について、「宋代の志磐(しばん・南宋代の天台宗の僧であり、仏教史家である。)は三つの視点から解釈している。つまり、①聞く人の能力・素質に合わせて説いた仏の教えだから(いわゆる対機説法)、②経典編纂の部派が異なるから、③中国に伝えられ翻訳された時代に差があるから、ということである。しかし、これではどれも信用できないではないか」と仲基は書いています。(以上、『天才 富永仲基』68頁から引用)
 
第五章では、「経蔵・律蔵・論蔵」のいわゆる三蔵について述べられています。それは、『増一阿含経』や『出曜経』(しゅつようぎょう)から三蔵が説かれた経緯に迫っているのですが。もともと小部(少ない)のものであったのが、後世の教団拡大に伴い膨大なものになったと説きます。ここで重要なのは、三蔵はいずれも後世に制作されたものであるという点です。
 
ここで仲基は、「偈」(げ・伽陀・偈頌)に注目します。「経(きょう)は体系だった教説であるのに対して、偈(げ)は個別的である。だから本来は経の部分が経典の中心であるはずなのに、むしろ偈が中心であるように見える。これは、中国の教学が楽器の調子に合わせて詠唱されてきたからだ」と推察します。
 
実際経典を読んでいると、偈のほうが長行(ちょうごう・経の部分)より読みやすく理解しやすいということを実感します。・・・成立に関しても、偈のほうが長行より先であることが研究で判明しています。
 
興味深いのは、偈の読誦は単に「記憶しやすい」から、などの利点だけではなく教えというのは素晴らしい歌唱に託されて説かれるものであると指摘しています。
確かに、古来から仏教は芸能と密接な関係があったと学んだことがあります。どんなに素晴らしい教えでも、庶民の生活から離れたものでは真の力を発揮することは出来ません。教えが、大衆の中に溶け込んでこそ生きて参ります。その為に、民俗的な祭りや芸能が発達したと考えられます。
 
第六章の冒頭では、「九分経・十二部経は一切経のことであるから、これを大乗と小乗に分けるのは誤りである」と述べています。ここで言う九分経とは、仏典を九つに分類する考え方と、十二に分類する考え方です。それらの、成立した時代差は大きくないようですが、九分経の方が先行していたようです。
 
ここでは、九分経や十二分経について記しませんが、この中にある「ジャータカ(本生話)=釈尊の前世を物語る」と「アバダ-ナ(過去世物語)=過去仏の世の出来事を物語る」は、説話形態となっており、様々な譬喩(ひゆ・ある物事を、類似または関係する他の物事を借りて表現すること。)をもちいて教えを説くことは、原始仏教以来盛んに行われました。
私自身は、過去世に関する物語に興味がないので読んだことはありませんが、それらの文献の存在を知っています。
 
興味深いのは、「ダルマパーナカ(法師)」の存在です。ダルマパーナカは、説法者であり仏教の「もの語り」が成熟した結果登場した人達で、大乗仏教の起源を解く鍵だと言えます。
 
おそらく、般若経系のダルマパーナカと法華経系のダルマパーナカ等が存在していた。・・・大乗仏教も、一つのムーブメント(政治上・社会上・芸術上などの運動)ではなく、いくつもの系統があったと考えられます。
 
第七章では、何度も天台宗の五時八教への言及があります。長期間にわたって編纂されてきた膨大な仏教経典の全てを釈尊一人に収斂させるならば、随所に論理破綻が起こります。
そこで、教相判釈が出来上がりますが有名なものとして、華厳宗の五教十宗や真言宗の顕密二教などがあります。
 
日本仏教で、最も有力な教相判釈は天台宗の五時八教です。仲基の、加上説にとってこの五時八教は何としても打ち破らなければならない大きな壁だったと考えられます。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

仲基にとって加上説とは、五時八教は何としても打ち破らなければならない大きな壁だったのですね。


「無分別智(その24)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その24。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[楽天的(悲観的)であるがゆえではない]

無分別智は、その人が楽天的な生活を送っているゆえに現出するものではありません。 

一方で、無分別智は、その人が悲観的な生活を送っているゆえに現出するものでもないのです。 

無分別智は、心無い(自分ならざる)いかなる生活からも現れることはなく、心ある正しい生活を送っている人からのみ現れるものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

楽天的な生活を送を送るということにも、悲観的な生活を送るということも、どこか作為があります。

無分別智というものは、作為のない自然な生活を送るということから生まれるのです。

SRKWブッダは「心無い」を「自分ならざる」とされております。

これは本来の心でない、つまり名称(ナーマ)と形態(ルーパ)で汚れた心であり、本来の自分ではないということであります。

無分別智は、本来の心から生活し、本来の自分にしたがって、自然に生活している人から生まれるのです。



「無分別智(その23)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その23。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[思いやりの気持ちからではない]

無分別智は、真実の意味で相手を思いやった結果顕れるものですが、思いやりの気持ちから顕れるものではありません。 

なぜなら、無分別智は、思いやったという気持ち無しに顕れるものであり、相手においても思いやってもらったという認識を生じることは無いからです。 

無分別智は、あくまでも互いに対等なるこころの下で顕れ出るものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

今回の引用の重要なポイントは、「無分別智は、あくまでも互いに対等なるこころの下で顕れ出る」ということです。

思いやりの気持ちというものも、やさしい気持ちではありますが、思いやる人と思いやりを受ける人という対等ではない状況があります。

例えば、法の句を発する人とその法の句を聞く人の関係は、まったく平等の関係があるのです。

法の句を発する人は、それを聞く人に対して思いやりの気持ちで言うわけではないのです。ただその局面でその言葉を言っただけです。

また法の句を聞く人も、その言葉を自分のために言ってもらったとは思わないのです。ただ聞いて、それが法の句であると認識したのです。



石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その5)」

『出定語後』には、色々な経典についても書かれています。まず『華厳経』(けごんきょう)についてですが、この経典は釈尊が覚りを得たのち「二週間の間に説かれた」や、同経の「宝王如来性起品」(ほうおうにょらいしょうきぼん)にある「太陽は一番高い山を照らす(『華厳経』こそ一番優れているという意味)」といった作者の言葉を信じて、この経を最上であると考えるのは誤りであると言います。
 
『華厳経』が、釈尊成道後すぐに説かれた教えであるとするのは、(その1)で書いた、天台大師智顗(ちぎ)による「五時八教説」(ごじはちきょうせつ)が最も良く知られています。
もう一度智顗の説をおさらいしますと、釈尊が覚りを得たのちに教えを説いた時期を五つに分けたと言う話です。
 
順序としては、①「華厳(けごん)時」・覚りの内容が少し難しい『華厳経』を説いた。②「鹿苑(ろくおん)時」・華厳の教えが難しすぎたので理解しやすい『阿含経』を説いた。③「方等 (ほうどう) 時」・『維摩経』(ゆいまきょう)『勝鬘経』(しょうまんきょう)などの大乗経典を説いた。④「般若(はんにゃ)時」・『般若経典』を説いた。⑤「法華涅槃(ほっけねはん)時」・『法華経』『涅槃経』を説いた。・・・智顗は、天台宗の人ですから釈尊が最後に説いたのは、『法華経』であることを強調したのはある意味当然です。
 
経典成立における、仲基の説は(その2)に示した通りですが、方法論として「諸伝本を比較考証して、正しい順序の経典を見いだそうとする」(テキスト・クリティーク)やり方で経典の成立順序を推測しました。
そして、仏典はさまざまな人の手によって生み出されてきたと主張するのです。これが、「加上」(かじょう)ということです。
 
『出定語後』の第一章の最後に、その「加上」を説く仲基の立ち位置と主張が明確に述べられている文があるので紹介します。(以下引用)
 
「【現代語訳】さて、諸教が興って分かれたのはみな本来、順次に加上したことによるものである。順次に加上するのでなければ、どうして教えが拡大し分かれようか。すなわちこれは、古今を通じて教えがたどる自然のすがたである。ところが、後世の学者はみな、いたずらに、諸教はすべて仏の金口より親しく説かれたものであり、阿難(あなん・アーナンダ)が親しく伝えたものだ、と思っている。ことに、これら諸教のうちにかえって数多くの分離と結合があることを知らないのである。また、残念なことではないか。」(以上、『天才 富永仲基』58~59頁から引用)
 
ここで仲基は、仏典はすべて「金口の直説」(釈尊が直接説いた教え)であり、それを聞いた阿難によって伝えられたものであるという、従来からある前提(説)を批判しています。
近代の仏教研究では、大乗仏教も一括り出来るようなものでないことはすでに判明しています。私達は、かつて起こったいくつもの派を「大乗仏教」と一まとめに総称しているだけなのです。
 
例えば、般若経典系のグループと法華経系のグループは、異なるであろうと考えられていますから、仲基の「大乗仏教も異なる系統があるのではないか」という推理そのものは的を得ています。
 
第二章では、「それぞれの仏教経典もある一つの立場であり、相違するのだ」と述べ、「それぞれの仏教経典は、特定のグループが自説を展開した結果生まれたものであり、けっして釈尊の直説ではない」という事実を語ります。現代においては、既に明白になっていることですが当時(300年前の江戸時代に)仲基は、膨大な仏典を解読することで独自にこの結論を導き出したと言えます。
 
その他、第二章では多くの大乗経典を取り上げていますが、大乗経典は小乗経典成立後に編纂されたものであることを述べ、小乗経典を低く評価することで自説(大乗経典)の優位性を主張しているのであると指摘しています。
 
第三章では、『大智度論』(だいちどろん・「大品 (だいほん) 般若経」の注釈書。100巻。龍樹(りゅうじゅ)著と伝えられる。)の中にある、「なぜ迦葉や阿難は『般若経典』を説かなかったのか」という問いと答えに注目しているようです。
このような問いが記述されていることで考えられるのは、「当時すでに、この疑い(『般若経典』は釈尊の直説ではない)があった」ということを断じています。
 
そして更に、「その実、阿難集むる所は、即ちわずかに阿含の数章のみ(実際に、阿難が聞き集めたところは、わずかに阿含経の数章だけである)」と語っているのです。
これは、現代の仏教研究と合致しており、私自身も長年阿含経(原始仏典)を学んできて実感する感想ですが、仲基の推論の正しさに驚いてしまいます。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。
「富永仲基について。(その5)」、だんだん佳境になりますね。


「無分別智(その22)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その22。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[悩み苦しんだ末ではない]

無分別智は、何にせよ、あれこれと悩み苦しんだ末に現出するものではありません。 

無分別智は、確かに最も悩ましい局面において、すなわち一大事の局面において顕れ出るものですが、そのような苦悩自体を最初から最後まで関係する誰もが感受しないで済むためにはどうすればよいかが、まるで予め分かっていたかのように現出する不可思議なるもの(超越したもの)であると(知る人は)知るからです。 

しかしながら、それはそのことを予め誰かが想定していたり、”この場合にはこれを用いればよい”というように前もって誰かが用意していた結果顕れ出るものではあり得ないと(知る人は)知るからです。 

つまり、無分別智は誰かが作為したものではあり得ないと(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

人間の悩み苦しみはいろいろありますが、病気の苦しみについて考えてみましょう。

人が病気になると病気の本人も親しい人々もあれこれ悩み苦しみ、医者にかかって病気を治そうとするのです。

そのような時は、病気を治せるかどうかしか発想できないのです。

悩み苦しんだ末ではないに生まれる知恵は、分別智といいます。

あえて言えば、無分別智は病気を治そうとしない智慧です。

病気になった時には、病気になるのが一番よいのです。

死ぬ時は、死ぬのが一番よいのです。

最近ある縁で、関東医療クリニック院長松本光正著「高血圧はほっとくのが一番」(講談社+α新書)を読みました。

この著者のいう通りですが、この考えを本当に受け入れるためには無分別智が必要です。