「無分別智(その52)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その52。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[補足説明]

無分別智が現れ出る様を指して、金剛般若経では、

● まさに住するところなくして、しかも其の心を生ずべし (応無所住而生其心)

と述べています。


*法津如来のコメント

本日で、「無分別智」に関する記事は終わります。

無分別智に関する記事は、3月7日のhalさんのコメントから始まったのです。
https://76263383.at.webry.info/202103/article_12.html

さて、今回は無分別智の「補足説明」です。

金剛般若経に、「まさに住するところなくして、しかも其の心を生ずべし(応無所住而生其心)」という言葉があります。

この意味は、「何ものにも依存することなく、しかもその心を現わすように」ということであります。

通常、心は何かに依存して現れるのです。

美味しそうなものを見ると食べたいという心が現れるのです。

ところが、何ものにも依存せずに、現れる心が無分別智ということです。


石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その3)」

誰もが、このコロナ騒動に「煩う毎日」の渦中にいる日本人、一日も早い終息が待たれます。終息を願うが故に、PCR検査を受けたくなったりコロナワクチン接種に傾きます。
PCR検査が正確無比で、コロナウィルスが死の病なら受ける意味も必要性もありますが、私の学ぶ限り検査自体信頼できないもので「擬陽性」が多く、病状も無症状・軽症者が多い病気の特徴を考えたら自分自身の免疫力を信じるべきです。

(以下、PCR検査関係の記事引用)
「新型コロナのPCR検査は、検査対象者の咽頭から拭い取った体液に含まれている遺伝子類を何回も増幅して人工的に増やし、染色して可視化するが、この増幅をやりすぎると、無関係な「ノイズ」をコロナウイルスの遺伝子と誤判断する「偽陽性」が多発する。
何気なく撮った空の写真を大幅に拡大したら画像のノイズがUFOに見えてしまって大騒ぎするのと似ている。「闇夜の枯れすすき」である。

米政府のコロナ政策の責任者である、アンソニー・ファウチCDC所長は昨年7月に「増幅度が35サイクル(2の35乗=344億倍)を超えるPCR検査は(誤判断=偽陽性が多すぎて)無意味だ」と発言したが、日本や米国の多くのPCR検査は増幅度が40サイクルだ。
英国政府が昨年3月に作った新型コロナのPCR検査のマニュアルでは、増幅度が45サイクルになっている。」(以上、「田中宇の国際ニュース解説」から引用)
万一、PCR検査で陽性判定が出ると入院となり、濃密な(過剰な?)治療を受け強力な薬剤を使用することによる、サイトカインストームが起こることも考えられます。
サイトカインストームとは、「薬剤が免疫関連細胞である単球、マクロファージと結合することにより、T細胞が活性化してサイトカインを放出することでこの症状は起きます。」(国際幹細胞普及機構「コロナの怖さ、サイトカインストーム(免疫システムの暴走)とは?」から引用)

今のマスコミを見ていると、国民を煽ることにより視聴率を稼ぐテレビや、購読者を増やす意図をもつ新聞・雑誌、ワクチンなどの薬剤を売る製薬会社などが結託しているのではと疑いたくなります。

たしかに報道により、救われる命もあるかも知れませんが、それ以上に経済的損失に起因する失業・倒産・自殺が増えています。まさに未曾有の一大事ですが、マスコミの報道は一方方向で「日本人は免疫で守られていて大丈夫です」などという意見は全く聞かれません。

報道は完全に偏向しており、どちらか一方に偏る報道は国民に考える隙を与えないという意味で危険といえます。

何より怖いのは、コロナワクチンの副反応です。これは、数年から数十年単位で見なければ分かりません。安全性も有効性も実証されていませんから、このままでは人体実験に利用される怖れがあります。自分なりに、学ばれることをお勧めします。
この記事の連載は、(その3)で終了です。

参考動画の紹介

1、名古屋から日本を救う。
https://www.youtube.com/watch?v=wT_aToNwT14
高橋徳先生 ウイスコンシン医科大学 名誉教授

2、世界医師連盟に属する33名の医師の訴え。
https://www.bitchute.com/video/4nZ7mCblGjwf/

3、社長のメンター・坂上仁志氏
https://www.youtube.com/watch?v=gekKiajyIZs
コロナワクチンの真実 接種すると副作用があるのか? 


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

今朝石法如来から寄稿原稿頂きました。
通常は翌日に原稿を掲載していますが、少しでも早く皆様にお知らせした方がよいとの判断で、本日掲載しました。
是非、参考動画もご覧になってください。


「無分別智(その50)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その51。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[熱望すべきもの]

熱意をもってしては得られないもの。 

それが無分別智です。 

無分別智は、生まれながらにせよ後天的要素を含むにせよ、正しく熱望する人にのみ顕現するものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

無分別智の説明の最後になります。

残すは「補足説明」のみになりました。

ここでは、熱望と熱意の違いについて知る必要があります。

熱望については、SRKWブッダはホームページの理法「熱望」で熱く語っておられます。是非参照してください。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou025.htm

さて、このブログでは、別の説明をします。

熱意は空回りします。熱意は上から出てくるものだからです。

熱望は空回りしません。それは心の底から現れてくるものだからです。

無分別智は、心の底のもっと底から現れくるものなのです。

石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その2)」

現在の日本の状況は、コロナ禍に見舞われ「誰もが」決して他人事ではない状態に置かれています。いつ自分自身、あるいは家族がコロナに感染して入院することになるのか?万一のことがあれば、命に関わる一大事が起こりえる重大なパンデミックであるように報道されています。

個人の心理レベルで、今緊急事態が起きていると判断しているのは、マスコミの報道による情報が自分自身の脳(いわゆる表層意識)に伝わり、脳から潜在意識に伝達され危険信号が発せられている状態で、半ばパニック状態に陥っている人・知らず知らずのうちに「うつ」を煩っている人・不安神経症を病んでいる人も相当数存在するのではないでしょうか。

そう考えたら、「一億総コロナ不安症」に罹っている状態と言えますが、実際のウィルスによる病より精神面からくる「コロナ脳の感染」による病のほうが完治が難しい印象をうけます。
毎日毎日、話題はそれしかないのか?と言う位、「コロナは危険・危ない」を連呼されたら、潜在意識にすっかり悪い情報が刷り込まれ、不安を払拭し平常心を保つのは難しくなります。

この度の、新型コロナ感染症から派生した世界的パンデミックは、極めて稀な出来事です。私は、この稀な出来事が人間の「名称作用」(潜在意識)に大きな影響を及ぼしていると観ています。

丁度昨年11月に、「「名称と形態」の考察」という記事を書き、その中で「名称作用と形態作用」について考察しましたが、現在の日本人の精神状態を暗示しているかのようです。
記事中、「名称」を潜在意識として、「形態」を家族的無意識として引用文章をお読み下さい。

(以下、記事引用)
「SRKWブッダのホームページ、「覚りの境地」№006「名称と形態(nama-rupa:名色)」5行目に、「これらについて、原始仏典の別の表現(テーリーガーター:尼層の告白)では、名称を「刀」、形態を「串」のようだと形容しています。確かに、名称作用は自我を脅かしてこころを動揺させる刀のようなものであり、一方、形態作用は人類の歴史的経験のエッセンスというべきものであって、そのように凝縮されたイメージの潜在形成力が全人類を貫くように投影されていて、個々人が有する縁に応じて適宜各自の自我意識に深い影響を与える集合的こころ(として認知される心的作用)のことですから串という形容は実にまとを得ています。」と説かれています。

私は、この「刀(かたな)と串(くし)」という表現の中に凝縮された潜在形成力の威力(その人に与える影響力)の強さが表現されていると観ます。・・・それはあたかも、何も無い(無風)状態の時には特段影響を(その人に)与えることの無い「刀(かたな)や串(くし)」ですが、その人の生存を脅かすような出来事が起こった時、あるいは不利益を生ずるような事態が、または強烈な欲望が生起した時、更には何らかの原因で衝動的な気持ち(欲求)などが沸き上がった時などには、あたかも「刀(かたな)を振り回し」自らを傷つけるように・・・。あるいは、自分自身の集合的無意識に貫かれた「串(くし)が現実化して、その人間の肉体・精神をえぐるように作用」し(煩いのレベルから)一気に「苦しみのレベル」へと突っ走る。・・・その様な精神要素を、人(衆生)は持ち合わているのだと考えることが出来ます。」(記事、引用終わり)

この度の世界的なコロナ禍で、繰り返し繰り返しマイナスのあるいは恐怖心を煽る言葉を聞いていると、その情報が潜在意識にまで到達し自分自身の身体にマイナスの反応を示し、煩いのレベルにまで押し上げる。それが、更に昂進すると精神的苦しみ(苦痛)のレベルにまで到達することは間違いないことでしょう。

人間の存在とは、意識するしないにかかわらず、その様な精神要素を持ち合わており、自分自身の身体上に反応が現れて精神的・肉体的に影響を受けるということです。

このようなまたとない貴重な体験により、人間を煩わし苦しめる「名称と形態」の存在と、その影響力を実感することが出来るのです。

参考動画と文献の紹介

1、森田洋之医師が語る「医療の不都合な真実」
https://toyokeizai.net/articles/-/424239
コロナ「医療逼迫」に「国民が我慢せよ」は筋違い。

2、名古屋から日本を救う。
https://www.youtube.com/watch?v=Zsgt0lFJr4k
大阪市立大学名誉教授 井上正康先生


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

「参考動画と文献の紹介」も是非ご覧になってください。


「無分別智(その50)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その40。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[どうしてもいけなければのところから]

上に多く列記したように、無分別智は××のところからは得られません。 

××によっては生じません。 

と書くと、皆さんは無分別智を得る方法がまったく分からなくなってしまうことでしょう。 

まったく、どうしようもなくなってしまうことでしょう。 

しかしながら、無分別智は、そのようなどうしようもないところからこそ顕れるものであるのです。 

ただし、どうしようもないと混迷したところから顕れることはありません。 

どうしようもない状況にありながら、しかもなお混迷しない人々にのみ顕現するのだと(知る人は)知っているからです。 

世界中のあらゆる人々が混迷するであろうその状況において、その人だけが唯一混迷しないゆえに、無分別智はまさにその人に顕現するのだと(知る人は)知っているからです。


*法津如来のコメント

今回の引用文は、無分別智が現れる構造を明らかにしています。

無分別智は、どうしようもないところから現れるものであり、しかもそれに対して混乱しない人々に現れるこをよく理解していれば、現れるということです。

逆にこのことをよく理解していれば、どうしようもないときにも混乱しないでいられるのです。

どうしようもないときにも混乱しないでいられるためには、昨日のコメントに書きましたが、「われらは、ここにあって死ぬはずのものである。」と覚悟ができていればよいのです。

また、「人間万事塞翁が馬 禍福は糾える縄のごとし」という諺を理解しておくのも役に立ちます。

つまり、大丈夫ということです。心配するなということです。

昨日も石法如来から寄稿文を頂きました。

本日次に掲載いたしますが、その内容は、新型コロナについて心配するな、大丈夫ということでした。

是非、お読みください。

また、紹介されている動画も参考になりますので、是非ご覧になってください。


「無分別智(その49)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その49。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[決心が必要]

無分別智は、只今からかのように生きていこうとする決心と共に顕れ出る智です。 

しかしながら、その決心は身を捨てるような壮絶なものであってはならず、逆に表面的な浅薄なものであってもならないのです。 

無分別智は、かの無分別智のように生きていこうとする正しい決心と共に顕れ出る智であると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

無分別智を決心と共に顕れ出る智であると指摘されたことは、私が知るでは限りではありません。

SRKWブッダが初めてでしょう。

あえて言えば、ダンマパダの6偈では次のように述べています。

「われらは、ここにあって死ぬはずのものである。」と覚悟をしょう。___このことわりを他の人々は知ってはいない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。

この言葉は、決心が必要であることを暗示しています。




石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その1)」

今回の記事は、朝うとうと布団の中で色々考えていて急に書こうと思いついたものです。テーマ的には、新型コロナウィルスに関するものですが「覚り=解脱」の話にも通じます。

きっかけは、この話題(新型コロナ騒動)がなかなか終息しないということです。マスコミは、「変異株」が出現したということで相変わらず恐怖を煽っています。
おそらく、このままではこの問題の終息はほど遠いです。・・・何度でも、繰り返し新しい材料が出てきて人々の不安を煽り、その不安の増大は止むことなく人々の精神(こころ)を静かに蝕んでいきます。

その現象を私は勝手に、不安症候群と名付けました。症候群(しょうこうぐん・シンドローム)とは、「同時に起きる一連の症候のこと。」という意味です。そして症候とは、「病気のとき現れる、種々の肉体的・精神的な異常。」を言います。

私の新型ウィルスに関する見解は、日本人にとって健康な人にはインフルエンザレベルの風邪であり、健康に問題がある人あるいは70歳以上の方には、重篤な問題を引き起こし得る病気と見ています。そう考えると、大部分の人は軽症・無症状で若い人が亡くなるケースは稀です。

それを、マスコミは日々大々的に「怖い・怖い」と報道しています。無症状者・軽症者が大多数で、その人達は本来医療の範囲外であるにも関わらず、彼らも感染させる怖れがあると大騒ぎしています。問題はマスコミの騒ぎがそこに止まらず、人々の生活に大きな影響を与え続けているということです。

顕著な例として、全般に人の動きが少なくなり国の経済が停滞しています。「三密」を唱え、人と人との接触を極力避けなさいというものですから経済活動が低下するのは当たり前で、それによって様々な商売が打撃を受け閉店・倒産が相次いでいます。
国や国民の経済的損失は計り知れず、その陰で生活が困窮する者も増え、同時に自ら命を絶つ者も増えている状況です。

日本では、コロナ感染者もコロナ死者も欧米諸国より二桁少ないのですから、いち早く通常の経済状態に戻しても良い感じがしますが、現実はまるで違っています。国民の恐怖心はピークに達し、蔓延防止等重点措置や緊急事態宣言を、国民自らが待ち望むような事態になっています。

以前も記事にしましたが、この病気では日本人の死生観が問われています。普通に考えて、日々生きている人間が「死を想定する」ことはあり得ないくらい難しいことです。
でもいま、目の前に行われているのは「コロナに罹って死ぬかも知れない」とマスコミから連日脅しを突きつけられているようなもので、ここまで執拗に脅されたら正常な精神状態を保つのは難しくなります。

このように脅された、日本人の恐怖心を払拭するには「安心出来る材料の上書き」か、恐怖心を乗り越えるほどの胆力・精神力の獲得しかありません。

私は仏教者として、この問題を解決するには日本人としての死生観の確立が必要であり、死生観がしっかり確立されない限り胆力・精神力は獲得出来ないと考えますが、死生観確立はかなりハードルが高いです。

というのは、人間「生きていればいつ死ぬか分からない」のは事実です。でもその事実に片目を瞑っているからこそ生きていられるというのも事実なのです。
それを、「両目を見開いて真実を見据えろ」と言われても、それを出来る人間が決して多いとは思えません。その為には、胆力・精神力が必要と言うわけですが、ここまで来たら心理学の領域になって来ています。

参考動画の紹介

1.コロナ感染症より、心理学的な「コロナ脳」の方が怖いという動画です。
https://www.youtube.com/watch?v=Oorl_CQ2TrU
松田学特番『コロナ脳が、一番の災害!?』松田政策研究所コラボ
松田政策研究所×高崎圭悟チャンネル 特番『コロナウィルスよりも、"コロナ脳"が一番の災害!?』

2.東京慈恵会医科大学病院外科学講座 統括責任者血管外科 教授・診療部長 大木 隆生氏の動画です。
大木氏は、日米で最年少外科教授に就任。世界13カ国で招待手術なども施行し、「神の手」と呼ばれたドクターです。
https://www.youtube.com/watch?v=yl_zmErgY2U
【大木提言#3】コロナは本当に怖いのか


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

今回も石法如来が、今の日本人に必要な情報を提供してくれました。



「無分別智(その48)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その48。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[主客未分の状況から現れる]

無分別智は、主客未分の状況から現れ出る智です。 

なぜならば、無分別智が世に現れ出たのは一大事ゆえであるからです。 

その一大事を演出したのは、相手がいればこそであり、その意味では相手が主で自分が客ですが、その智を自分が知るに至り相手は知るに至らなかったという意味では相手が客で自分が主です。 

そのような状況(シチュエーション)を作り出した真の要因は、自分にあるかも知れず、あるいは相手にあるかも知れず、それを単純な主客関係で特定することはできないのです。 

だからといって、主客が無いとも言えないのです。 

智を生じているという事実がある以上、何らかの主体を想定せざるを得ないからです。 

より実際的な意味では、最初から主客未分であると言うべきでしょう。 

例えば、対戦型の遊戯や武道、スポーツなどにおいて素晴らしいプレーが現れ出たとき、それを演出したのは相手かも知れず、自分かも知れず、本来的に主客未分です。 

しかし、その素晴らしいプレー自体は、主客の所在がどうであれ如実に存在するものです。 

無分別智が主客未分の状況から現れ出るというのは、それに似ています。

*法津如来のコメント

無分別智の最たるものは、人をして解脱せしめる法の句(=無分別智の表現)です。

それはいかに現れるか?

それは一大事です。

二人の出会いです。

ここにはどちらが主役も脇役もないのです。

法の句を発する人がいて、その法の句を法の句であるとわかった人が現れたのです。

その時、主客がわかれます。

それまでは、主客未分の状況なのです。

つまり、無分別智は、主客未分の状況から現れ出るのです。


「無分別智(その47)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その47。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[親しくならず、疎遠にもならず]

無分別智が顕れたとき、関係した人々がよりいっそう親しくなったり、あるいは逆に疎遠になったりすることはありません。 

無分別智は、関係した誰にも真の意味では理解されないゆえにそのようになるのであり、

もし誰かに真の意味で理解されたとしても、

その人(覚者)は関係した誰ともよりいっそう親しくなったり、あるいは逆に疎遠になったりしようとは思わないからです。


*法津如来のコメント

無分別智が顕れたときは、好き嫌いの感情から離れるのです。

それは、ありのままに感じるということです。

それは、山や海で日の出や夕日をみたときの感情と似ています。

それに対して美しいとか、素晴らしいと思う前の感情です。

なんとも表現できない感情です。

好き嫌いの感情から離れることは、物に対してばかりでなく、当然人間に対してもあります。

無分別智が顕れたときは、人間に対しても好き嫌いはないのです。

ですから、関係した人々がよりいっそう親しくなったり、あるいは逆に疎遠になったりすることはありません。 


石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その4)」

仏教寺院は、徳川幕府に庇護され優遇された反面堕落が見られるようになり、全国規模で学者らによる仏教批判が巻き起こって来ます。

圭室(たまむろ)文雄著作による『神仏分離』によると、四つのグループに分かれて仏教批判が持ち上がり、神仏分離思想が醸成されていったことを指摘しています。

第一は、儒学者のグループ。近世の儒学を牽引した藤原惺窩(せいか)とその門弟、林羅山、岡山藩の藩政改革にも尽力した熊沢蕃山(ばんさん)らは当時の仏教寺院や僧侶を痛烈に批判しました。

第二に、吉田神道のグループ。吉田神道とは、京都の神官吉田兼倶(よしだかねとも)が室町時代に起こしたもの。吉田神社系統の神社では率先して、権現などの仏教的なものを取り外すなど神仏習合色の払拭につとめていました。

第三のグループは、国学者のグループ。国学は、江戸時代中期に起きた『古事記』、『日本書紀』などの古典研究を重視するグループで、その中でも平田篤胤(ひらたあつたね)が注目されます。
平田は、復古神道をかかげ天照大神を皇祖と仰ぎ、その子孫である天皇を中心として反映していくことこそ、日本の歩むべき道であると強調します。
その復古神道の考え方は、幕末期の尊皇攘夷運動の精神的支柱となり、維新時の神仏分離政策・廃仏毀釈運動に大きな影響を与えていくことになります。

第四は後期水戸学のグループです。水戸学も、前期では学問的要素が強かったのですが、外国との緊迫した情勢の中、後期になって過激な尊皇思想が芽生えて来ます。
会沢正志斎(あいざわせいしさい・江戸後期の思想家。水戸藩士。)は、著書『新論』(しんろん)の中で「仏教は邪悪であり、日本は神道中心の祭政一致体制に戻す」必要性を説きました。

以上のように、江戸時代後期までに複数の学派が日本固有の神道への回帰と、仏教排斥を主張し始めたようです。特に、水戸藩や岡山藩では幕末を待たずして廃仏毀釈が展開された例もありました。

全国的に燃え上がった廃仏毀釈運動、鹿児島では一時寺院と僧侶がゼロになり、松本・苗木・伊勢・土佐・宮崎などでも市民を巻き込んだ激烈な廃仏運動が展開されました。
廃仏運動に対して、明治新政府は度々戒める布令を出しますが、全くのコントロール不能状態に陥ります。

廃仏毀釈が与えた、仏教界への影響は甚大で多くの仏教建築物、仏像、仏具、経典が灰燼に帰してしまいます。
また、神仏混淆が否定されたことで修験道や呪術などの民間信仰は著しく衰退し、京都では一時期五山の送り火や地蔵盆、盆踊りなどの仏教行事が禁止となりました。

僧侶の俗化が強いられ、廃仏毀釈により日本が古来から醸成してきた文化や精神性などもことごとく破壊されてしまいます。

振り返ってみれば、廃仏毀釈は取り返しのつかない日本宗教史上最悪の暴挙であったと言えます。明治維新という国家の大転換期において、それまでの「国家仏教」がいきなり「国家神道」に転換したのであり、その陰に日本仏教の多大なる犠牲が存在したと言えます。

廃仏毀釈の要因として考えられることは、やはり僧侶の堕落と言うことが一番に考えられるのでは無いでしょうか。それは、過去に起きた仏教の根本分裂を想起させます。
釈尊の滅後、100~200年後くらい(紀元前3世紀ごろ)に、教義や戒律についての解釈の違いを巡って、古代インドの仏教教団が上座部と大衆部に分裂した事件です。仏教教団には初期の頃から保守派と進歩派の傾向が異なるグループが存在していて、それらの抗争が次第に表面化したというのが真相のようです。

人間である以上、分裂騒動は避けられないのかも知れません。そう考えると、恵まれた環境下に長年浸かれば堕落するのはある意味当然であり、仏教本来の目的(衆生救済)を忘れ、私腹を肥やして神官を見下し農民から年貢を取り立てる等の行為を平気で行うようになります。

そのような行為が、日本人特有の「熱しやすく冷めやすい民族性」とマッチし、一気に燃え上がり攻撃的行動に移行したとも言えます。それが証拠に、廃仏毀釈は「始まるのも早かったが終わるのも早かった」と言われています。

廃仏毀釈の騒動は、時代のあだ花(実を結ぶことなく、はかなく散り去る花のこと。)であったと言ってしまえばそれまでですが、人間の「行為の積み重ね(業)」には慎重であらねばいけないことを教えてます。

今回の記事は、(その4)で終了です。記事を書くにあたり、『仏教抹殺』(副題:なぜ明治維新は寺院を破壊したのか)鵜飼秀徳(うがいひでのり)著:文春新書刊を参考にしました。


*法津如来のコメント

日本に廃仏毀釈ということがあったことが、現在ほとんど話題にされることがないようですが、幕末から明治維新にかけてあり、人間の習性が如実に現れています。

歴史は繰り返すといいます。人間の習性が変わらない限り、このような事態は繰り返されるのでしょう。

今、この社会においても形を変えて起きています。このことを知るべきです。

石法如来、ありがとうございました。


「無分別智(その46)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その46。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[軽蔑しない]

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、分別智や衆生を軽蔑する気持ちが生じることはありません。 

分別智は真実の智ではないことを、はっきりと理解するに至るのですが、人々(衆生)はその分別智を最良・最善の智だとせざるを得ないであろうことも同時に理解するからです。 

人々がそのように思い、そのように振る舞うのは、無理もないことであるのだと知るからです。 

そして、人々(衆生)が為すそのような振る舞いは軽蔑すべきことではなく、根底においてはむしろ尊敬に値することであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、これは人間の壁を超えたものだと知るのです。

人間の壁とは、心の壁です。それは心の癖と言ってもよいでしょう。

心の癖とは、名称(ナーマ)と形態(ルーパ)です。

これらについては、すでに何回も説明しています。

人間はこれらがある限り、真実を見たたり、聞いたりできないのです。

しかし、何かの縁で、これらを越えたとき、真実を見たり、聞いたりできます。

ですから、真実を見たり、聞いたりできない衆生を軽蔑する気持ちが生じることはないのです。

また、すべて人間は、人間の壁を越えることができる存在であると知るのです。

ですから、根底においてはむしろ尊敬に値することであると(知る人は)知るからです。



「無分別智(その45)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その45。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[喜ばない]

無分別智を得たとき、それは後で振り返っても喜ぶべきことであるとは思うのですが、実際には小躍りするような喜びの感情を生じることはありません。 

なぜならば、無分別智を得たとき、それと同時に(世俗的な)喜怒哀楽の感受作用が消滅した自分を発見するからです。 

無分別智を得たとき、そこにあるものは喜びではなく、特殊な感動のみであるからです。


*法津如来のコメント

無分別智を得たときの具体的な例は、法の句を聞いたときです。

私の場合、実はその前に、我がままな孫に対して怒っていたのです。

それに対して私は自己嫌悪に陥って、私は真剣に自分は何年修行をしてきたのだ、何にも変わっていないではないか、そこで深く懺悔をしたのです。

その時、別の孫(善知識)が私にある言葉をいいました。

私は、その言葉は孫の言葉とは思われませんでした。

それは法の句だと思ったのです。

え、え、え、今がその時なのか?

本当なのだろうか?

本当に稀有な出来事が今起きているのだろうか?

・・・・・

これ以上なんともいえません。

しかし、実際には小躍りするような喜びの感情を生じることはありませんでした。 



「無分別智(その44)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その43。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[感謝しない]

無分別智を得たとき、誰かに感謝したり、自然や世界に感謝したり、超越者に感謝したり、あるいは自分自身に感謝したりする気持ちを生じることはありません。 

それどころか、無分別智を得るにあたって最も重要な働きを為した善知識に対してさえ、感謝の気持ちを生じることは無いのです。 

無分別智は、自らの因縁で生じ、自らに顕現したものであると(知る人は)知るからです。 

したがって、例えばあなたがこのサイトを閲覧したことをきっかけとして覚りの境地に至ったと思うことがあったとしても、私(このサイトの起草者)や、このサイトの内容、法(ダルマ)、超越的何か、あるいはあなたにとっての善知識とおぼしき人などのどれか一つにでも感謝の念を生じたとするならば、あなたは覚りの境地には至っていないと考えなければなりません。 

感謝の念があるならば、それは思い込みの所産であるのです。 

無分別智を目撃したとき、あるいは覚りの境地に至ったとき、いかなるものに対しても感謝の念を生じることはあり得ないのです。


*法津如来のコメント

「無分別智を得たとき、誰かに感謝したり、自然や世界に感謝したり、超越者に感謝したり、あるいは自分自身に感謝したりする気持ちを生じることはありません。」 

これはなぜか?

感謝とは、誰かや何かに対して、ありがたいと思う気持ちです。

その気持ちには、その気持ちが現れた根拠があるのです。

無分別智は何かを根拠にして現れるのではないのです。

無分別智を得るにあたって最も重要な働きをした言葉(法の句)も、それを縁にしておりますが、それを根拠にして得たのではありません。

というわけで、その時は感謝の気持ちはあらわれません。


石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その3)」

1868年(慶応4年)3月、神祇事務局から各神社に対して通達が出されます。その通達のキーワードは「復飾」(ふくしょく)と言うことにあります。復飾とは、「僧侶の還俗」を指し、社僧や別当に対して還俗を促した上で、神社に勤仕するよう命じたのです。

要は、昨日まで仏教者であった人間に今日から神職になれと言う話なのですが、不思議なことに多くの僧侶はさほど抵抗も無く職替えを行ったようです。

続いて、太政官布告ではより具体的な神仏分離の内容が示されました俗に言う、「神仏判然令」と呼ばれるものです

神仏判然令では、神社における仏教的要素の排斥を命じました。そこで行われたのは、徳川幕府時代の旧態依然とした宗教形態を取り除くことであり、天皇を中心とした祭政一致体制が求められたのです。それまで、神と混じり合っていた仏教は異物に他ならず、それを明確に判然とする必要があったと言うことです。

廃仏毀釈の最初の大きなアクションは、仏教の一大拠点であった比叡山の日吉大社(ひよしたいしゃ・滋賀県大津市にある神社)で起きました。日吉大社は、平安京の表鬼門に位置することから、災難よけの神様として古くから崇拝されて来ましたが、伝教大師(最澄)によって比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)が開かれてからは、仏教の支配下に置かれ僧侶により神官は虐げられるという歴史を刻んで来たのです。

明治元年(1868年)、明治新政府により神仏分離令が出され、積年の恨みとばかりに神官たちは徒党を組んで、社から僧侶を追い出し仏像仏具を破壊し始めたのです。・・・この流れが全国に波及していくのですが、これが廃仏毀釈の最初の火の手となりました。

この暴徒の中には、社司(しゃし・神社で神に仕え、社務を執る者)から雇われた地元坂本(さかもと・滋賀県大津市北部に位置する比叡山の登り口、延暦寺の門前町)の農民が含まれていたようです。当時、坂本の地は延暦寺の支配下にあり、小作人達は重い年貢を長い年月背負わされていたそうで、ここでもまた既得権益を握ってきた延暦寺に対して、地元民が起こした反感は想像を絶するほど大きなものがあったようです。

長年、仏教の僧侶から虐げられてきた神官の、逆襲に燃える気持ちは半端じゃなかったのです。更に、地元の住民をも巻き込み熱狂的な破壊活動にまで発展したことは、明治新政府にとっても想定外の出来事だったのです。

新政府は、早急に太政官布告を出し神職などによる仏教施設に対する破壊活動を戒めました。・・・新政府としては、王政復古・祭政一致を保つためには神と仏の分離は推し進めなければならないが、分離政策はあくまで粛々と行いたいと考えていたようです。
1872年(明治五年)、明治新政府は「自今僧侶肉食妻帯畜髪等可為勝手事」(じこんそうりょにくじきさいたいちくはつとうかってなるべく)という太政官布告を出します。つまり、江戸幕府では禁制であった僧侶の、「肉を食べる・妻をめとる・髪を生やす」を解禁、また住職の世襲も明治以降は認められるようになります。

更に、一連の仏教弾圧の中でも致命的だったのは「上知令」(あげちれい)です。上知令とは、土地の召し上げを命ずる命令で、境内の主たる領域を除いて広大な境内地が没取されたのです。この命令により、全国の境内地は数分の一にまで減らされたと言います。

何故、それ程までに仏教が攻撃されたのでしょう?・・・江戸時代に入り、キリスト教禁止令が出されると幕府は寺院ネットワークを使い住民の戸籍管理を徹底して行きます。全ての日本人は、寺の檀家になることを義務づけられ宗旨人別帳へ登録されることになります。

寺院は、住民を管理することで潤い経済的に安定し次第に寺院の権力は増大、僧侶は著しく堕落の傾向に向かいます。

そうなると、仏教の本来の姿である衆生済度(しゅじょうさいど・生きとし生ける者を覚りの世界に導く)を説くこともなくなり、寺院と神社との関係性も常に寺院が上位にあり、僧侶が神職を支配する構図が出来上がります。その積年の恨み?が、明治維新による時代の変革期に一気に燃え上がったと想像出来ます。


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

廃仏毀釈の行方が気になります。次回の寄稿が待ち望まれます。


「無分別智(その43)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その43。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[光や音、声などない]

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、
光を見たり、光につつまれたり、
特殊な音(バイブレーション)を聞いたり包まれたり、
何かの声を聞いたり、
身体が軽くなったと感じたり、
身体が大きくなったように感じたり、
世界が違って見えたり、
自然と一体化したと感じたり、
自然が輝いて見えたり、
植物や静物と会話できるようになったり、
霊が見えたりするなどのいわゆる超常的な現象を生じたり感じたりすることはありません。 

勿論、それ以後もそのようなことはありません。 

また、自分がこの世に生まれてきた理由を理解したり、
この世において為すべき自分の使命を理解したりすることもありません。 

つまり、いかなる超越的体験も神秘体験もありません。 

ただ、そのときを境に、自分がこれまで迷妄のただ中にいたことをはっきりと知るのです。


*法津如来のコメント

今回の引用と同趣旨の内容であります慈栄如来の文章を、先月7日のブログ記事に掲載しました。まだ読んでない方のために、またすでに読んでおられる方は確認のために引用します。
https://76263383.at.webry.info/202103/article_8.html

(以下引用)

余計な執著が滅び、人への不信が無くなり、他への慈があって、私はむしろ、人間になれたんじゃないかと思うことがあります。

仏やブッダ、如来と聞いて、ある人々は超越的な存在を思い浮かべて、それに執心する。
そのような人にとっては、仏教組織を離れ、自ら解脱したと称する人々が訝しく思われることもあると思う。

場合によっては、血の滲む努力によって種々の神通や法力、目に見えない力や超常的な智慧を備えて人々を救済するのが仏の類と思われるかもしれない。

しかしながら、人は一人ずつ解脱して、一人ずつ安らけく境地に至り住する。

超常的な事は何一つ無い。

ただ、解脱する前は、自らの本心を、自らに執心することで真っ直ぐに発露出来ないだけで。

人は、やさしく在れない自身を、責め立てたり、悪いのは自分と思いこんだり、逆にある程度自分本位なのは仕方ないと諦めたり、また憂悩して、本当の道に目覚めない。

私は仏(字義的にはその通りなのであろうけれど)になったと言うよりも、ただ、憂い無い人になったと言うだけです。

私は偉くなったわけではありませんし、自分ならざる何かになったわけでもありません。ただ、その時、執著の根が浮草のようになって流されて行った。そういう事なのです。

追って言っておくべきことは、かつては私も、深く病み、憂い、悩み、苦しんだ、一人の人間でありました。
その時私は、自身が癒えて治る事を願っていたし、そしてそれにも増して、自身よりも苦しむ人々の事を、思っていたのもまた事実です。

多く人は皆、病める菩薩であります。(稀に病んでいない菩薩も居るようですが、その話は今は置いておきます。)

(苦悩から)解脱していない理由はあっても、(苦悩から)解脱できない道理はありません。


どうぞ皆さま、肩の力を抜いて、今一度、自身の修めた道がなんであるのか、仏道とはなんであるのか、仏の教えとは何であるのか、そしてこれらはなんのためにあるのかについて、向き合ってみて下さい。

きっと、道が開ける事と思います。

(以上引用)

無分別智が現れるということには、超越的な、超常的な現象は何一つないのです。



「無分別智(その41、その42)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その41、その42。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[卑下を生じない]

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、自分のそれまでの分別がまったく意味を為さないことをはっきりと理解します。 

しかし、そのことによって自分を卑下するという感情が生じることはありません。 

そのとき、無分別智、すなわち諸仏の智慧に対する尊敬の念を生じますが、そのことによって自分を卑下する気持ちが起きることはないのです。 

その様子は、例えば知恵の輪が解けた瞬間に似ています。 

それまで、意味のないまったく馬鹿げたことをいろいろと試していたためにその知恵の輪は解けなかったのですが、そのような馬鹿げたことをしていればしているほど、いざ知恵の輪が解けたときの感動は深いのです。 

そのことで、卑下を生じることは無いのです。

[慢心を生じない]

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、自分を褒めてやりたいというような慢心が生じることはありません。 

自分が偉いと思うことも、偉くなったと思うこともありません。 

自分を誇ることもありません。 

ただ、そのとき、諸仏の智慧(無分別智)の素晴らしさにこころを奪われてしまうのです。



*法津如来のコメント

今回は、「卑下を生じない」と「慢心を生じない」の2項目を引用しました。

卑下する意識と慢心する意識は同じ意識の裏表なのです。

卑下する意識のない人は慢心する意識もないのです。

逆もその通りです。つまり、慢心する意識のない人は卑下する意識もないのです。

この意識は、比較するという意識なのです。

通常、人間は比較して認識するのです。比較しないときの認識は曖昧でぼやけています。認識しているという自覚がない場合も多いのです。

しかし、無分別智が現れたときは、比較することをしないで、そのままを明確に認識するのです。

そのときは、卑下することはないし、慢心することもないのです。



「無分別智(その40)」



SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その40。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[二つの孤独を破る]

無分別智は、それが顕れたとき孤独の中にあって孤独を破り、孤独から出る働きを為します。 

また、無分別智は、それが顕れたとき、自らの孤独を破るとともに相手の孤独をも破りせしめるのです。



*法津如来のコメント

孤独という意識はいつ現れるのでしょうか?

隣に人がいても、自分は理解されてない、わかってくれる人がいないと感じるとき、人は孤独を感じるのでしょう。

昨日、才木さんはコメントでよいことを書いてくれました。

「人間不信は、自分と相手の人間関係で相手を悪者にする事

自己嫌悪は自分と相手の人間関係で自分を悪者にする事」

そうですね。人間関係において、自分も相手も本当は悪くないのです。

人間不信の人は孤独になるでしょう。

自己嫌悪になる人も孤独になるでしょう。

無分別智は、人間関係において、自分も相手も悪くないことを明らかにするのです。


石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その2)」

王政復古(おうせいふっこ)とはどの様なものかと申しますと、「共和制や武家支配などによって支配の座を追われていた君主制が再び旧体制を復活させることを指す。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)とあり、日本においては朝廷側が(江戸)幕府側から政治の支配権を奪還したと言うことになります。

日本の歴史から考えると、長い間天皇を中心に国家が運営されて来ましたが、武士階級の登場により持っていた政治権力(政権)を奪われていたのですが、明治維新により本来の政治体制に戻す動きが活発化します。

明治維新後に近代国家を建設するにあたり、古来からあった神道的実践を行わせることにより、国民・国家を統治する手段として神道を利用したものと言えます。

その際に、邪魔になったのが神道と混じり合い共存していた仏教の存在です。新政府は、「神と仏を切り分けよ(神仏分離令」という法令を出し、仏像や仏具などを排斥し僧侶に還俗を迫り、葬式の神葬祭への切り替えを命じたのです。

明治新政府は神道の国教化政策を行うため、明治元年(1868年)3月に王政復古による祭政一致(さいせいいっち)の立場から、古代以来の神仏習合(しんぶつしゅうごう)を禁じて神道を国教とする方針を打ち出しました。これが、「神仏分離令」と言われるものです。

問題は、新政府が考えて法令を出した「神と仏の分離」によって起こりえる出来事が、そのレベルで終わらなかったと言うことです。時の為政者(特に、当時の地方藩主)や、市民の中から神仏分離の方針を拡大解釈する者が現れ、仏教に関連する施設や長年続けていた慣習などを悉く破壊する者たちが現れたのです。

特段に廃仏毀釈が激しい地域があり、その地域における背景・目的・やり方はそれぞれに異なりますが、寺院と僧侶が完全に消えてしまった場所もある位酷かったようです。

廃仏運動が激しかった地域を見渡せば、寺院の数が異様に少なかったり首を刎ねられた地蔵が路傍に転がっていたりします。ある意味それは、文化財と歴史の破壊でもあった訳です。

例えば、有名な国宝に「無著・世親菩薩立像」がありますが、明治初期「無著・世親像」はゴミ同然の扱いで興福寺の中金堂の隅に乱暴に捨て置かれていたのです。また、奈良などの古刹で、天平時代の古仏も含む多くの仏像が焚き火の薪(たきぎ)にされてしまったなどの事案が数多くあり、廃仏毀釈時多くの寺宝が売却され国内外に散逸してしまいました。

廃仏毀釈により、日本の寺院は少なくても半減し多くの仏像が消えてしまいました。哲学者の梅原猛氏は、「廃仏毀釈がなければ国宝の数は、ゆうに三倍はあっただろう」と指摘しています。 また、廃仏毀釈により多くの国の財産が奪われただけでは無く、日本人の心も壊したのだと言われます。何百年間にも亘って、仏餉(ぶつしょう・仏前に供える米飯)を供え続け手を合わせ続けて来た仏に対し、あるときを境に日本人は厳しい鉄槌を下したのです。

僧侶自らが率先し、神職への転職を申し出て本尊をたたき割った事例も見られたそうで、日本人の信仰とは一体何だったのか?と、疑問を呈するようなことが実際に起きたようです。

なぜ、信仰が憎悪に転じたのか?・・・それは、いつの時代も「熱狂に飲み込まれやすい」日本人特有の国民性に因るのかも知れません。冷静さを失い行動すると言うことは、大きな代償では済まない傷跡を未来に残すことになると言う見本のような話です。

仏と神の切り分けは、1868年(慶応四年)3月以降、明治新政府による法令の布告という形で実施され、それは同年10月まで続けられました。(前述した、「神仏分離令」)

神仏分離令は、太政官(だじょうかん)布告によって始まったのですが、その内容は「これからの日本は、古代に政治上の君主と宗教上の司祭者とが同一であったような祭政一致体制を目指す」ということでした。
そして、神祇官を復活させ各神社や神職らは神祇官のもとに置きます。つまり、神社は宗教の枠組みから外され、国家機関として機能させていく方針が定められた。・・・「神は国家なり」ということです。

※神祇官(じんぎかん)とは、「古代の日本の律令制で設けられた朝廷の祭祀を司る官庁名」を指します。


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

廃仏毀釈の意味がわかってきます。


「無分別智(その39)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その39。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[二つの壁を破る]

無分別智は、それが顕れたとき人間不信と自己嫌悪という二つの壁を同時に破ります。 

また、無分別智は、それが顕れたとき、自らこの二つの壁を破るとともに相手をしてこの二つの壁を破りせしめるのです。 

このように、無分別智が顕れたとき、人間不信と自己嫌悪という二つの壁は完全に打ち破られ、垣根は払拭されるに至るのです。



*法津如来のコメント

SRKWブッダは過去にツイッターで、人間不信と自己嫌悪に次のように述べておられます。

「こころある人は、先ず人間不信を払拭せよ。相手が信用ならないのではない。相手を信用しない自分自身が問題なのである。慳みしない人は、争闘に巻き込まれる恐れがない。〈道の人〉は、不吉なことがない。信仰篤き人は、自ら因縁を生じて解脱を果たす。ここに一切の疑惑は消滅する。」

「こころある人は、この情欲を超えよ。余計なものを捨てよ。しかしながら、自分自身を決して捨て去ってはならない。自分自身こそがこの情欲を超える本体となるからである。このため、自己嫌悪に陥った者が覚ることはない。修行者は、自分自身が大好きでなければならない。その上で、この情欲を超えるのである。さらに功徳を積んでいて、因縁があるならば覚る(=解脱する)ことを得るだろう。」

このような人間不信と自己嫌悪という二つの壁を無分別智は完全に打ち破り、垣根を払拭するのです。

なぜならば、無分別智は人をして、自分自身と相手を正しく見せ、この世と人間の真実を知らしめるからです。


「無分別智(その38)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その38。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[最悪を最高に]

無分別智は、最悪の事態において顕れ出て、その事態を直ちに最高の事態へと転じるものです。 

それは、まさに毒を薬に変じるようなものであり、変毒為薬とも言いならわします。


*法津如来のコメント

「禍い転じて福となす」という諺もあります。

禍いには、地震、洪水、疫病、失業、病気、離婚など、その他かいろいろなものがあります。

それらに直面したとき、人には二種類にわかれます。

一種類は、その禍いに負けて、そのまま不幸になる人です。

他の一種類は、その禍いに立ち向かい、知恵を出して、成長し、幸福になる人です。

後者の中で最高・最上の人には、無分別智が現れ、覚りを得ることになるのです。


「無分別智(その37)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その37。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[清浄ならしめる]

無分別智は、少なくともそのことについて、自分のみならず相手をも清浄ならしめるものです。 

無分別智が顕れたとき、自ら三毒(貪嗔痴)を解毒するとともに、相手をして三毒から解離する(捨てせしめる)働きを為すからです。 

聡明なる人は、それを目撃したとき、その清浄さを直ちに理解してこころ打たれることでしょう。


*法津如来のコメント

これも具体例があれば、よくわかるでしょう。

少年たちが広場でボールの取り合う遊びをやっていました。

ある少年が他の少年を誤って怪我をさせてしまいました。

そうしたら、他の少年たちは怪我をさせた少年を非難したのです。

ところが、怪我をした少年は、

「みんな、彼を責めないで。彼はわざとやったのではないし、僕は大丈夫だから。」と言ったのです。

それで、またみんなで仲良く遊び始めました。

怪我をした少年には怒りの心はなかったのです。

それよりは、非難された少年がかわいそうだと思ったのです。

怪我をさせてしまった少年の心は、彼の言葉で救われて、清浄になったはずです。

また他の少年のなかには、怪我をした少年の心の清浄さを直ちに理解してこころ打たれたでしょう。

怪我した少年に、そのとき無分別智が顕れたのでした。


石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その1)」

日本の長い歴史の流れの中において、仏教がその存亡の危機に陥った事実をご存知でしょうか?・・・その事実は、現在ほとんど歴史の闇に葬り去られている感がありますが、今回は「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」について書いてみたいと存じます。
 
まず、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)とは何かと申しますと、「仏教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(破棄)し、仏教を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃(破壊)し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)とあります。
 
今回、この記事を書くことになった因縁は、先に富永仲基(とみながなかもと)の記事を書いたことです。その記事の中で、「富永仲基の名前を、後世に残す決定打となったのはやはり「大乗非仏説論」の先駆者として存在した」という文章があります。
 
大乗非仏説論と言うのは、国学者の平田篤胤(ひらたあつたね)の「出定笑語」などに大乗非仏説が発表され、国学者や神道学者によって仏教攻撃の大きな原動力となった学説です。                                                                                                          
平田篤胤は、安永5年(1776年)生まれ江戸時代後期の国学者です。富永仲基は、正徳五年(1715年)に生まれ、延享三年(1746年)に逝去しています 。
                            
そう考えると、平田篤胤(あつたね)が「出定笑語(しゅつじょうしょうご)を文化8年(1811年)に著し大乗非仏説を唱え、仏教を攻撃したのは仲基逝去後65年以上経過してからと推定出来ます。               
                                                                                       
平田篤胤は、富永仲基の『出定後語』の理論を借用し『出定笑語』を著しましたが、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前(1820~1840年代)の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動・更には廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の思想原理になったと言われます。
         
富永仲基がまいた種が、その後に国学者達の仏教批判を助け、近代における大乗非仏説論争の源流となったと言うことです。彼(富永仲基)の研究や著作が、間接的に大乗非仏説論・王政復古運動・廃仏毀釈に繋がったようですが、私自身以前に『仏教抹殺』という著書を読んでおり、その問題に興味を持っていたので今回記事として取り上げた次第です。
 
廃仏毀釈とは、その言葉の意味が示すように「仏教の存在を根底から叩きつぶす」イメージを持ちますが、実際それがどの様に行われてきたかを見てみます。
廃仏毀釈の最初の徴候は、江戸時代末期に既に表れていたのですが、本格的に行われたのは明治維新後のことです。
 
日本人にとって、明治維新とは徳川幕府(幕藩体制)を終わらせ、アジアの中でいち早く西洋に比して劣らぬ文明を目指す時代を到来(文明開化)させたと、美談ばかりが先行しがちですが実際のところはどうだったのでしょう。
一つの時代が終わると言うことは、決して綺麗事だけでは済まされるものでは無いという事実がここに存在します。それは、廃仏毀釈が行われたと言う事実だけを見ても明らかです。
 
現代日本の状況を見渡してみると、仏教と神道は互いに衝突をすることもなく、それぞれの分野においてきちんと住み分けし、平穏に物事が過ぎているように見えます。知らない人が聞いたら、「まさか、その様なことがあったとは信じられない」という感想を持つことでしょう。
ある意味、忌まわしい出来事は歴史の闇に消え去り、全て無かったことにされていますが事実は違います。
 
日本の宗教活動は、世界の宗教史の中でも特殊な形態を辿って来ました。中世以降江戸時代まで、神道と仏教は適度にまざり合い(混淆(こんこう)宗教)、寺と神社が同じ境内地に共存するのも当たり前といった状態でした。この様に、日本では実におおらかな宗教風土が長い年月維持されて来たのです。
 
しかし、明治維新を終える頃、日本の宗教は大きな節目を迎えることとなります。・・・明治新政府は、国民を統治するために強力な精神的支柱が必要と考え手段を講じました。
そもそも明治維新とは、「王政復古」のかけ声のもと大きな倒幕の力を得てきた経緯があります。それに関連し、純然たる神道国家(天皇を中心とする国家)を目指すことになるのです。


*法津如来のコメント

石法如来から新たなテーマで特別寄稿を頂きました。

テーマは「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」です。

4回の連載になる予定だそうです。


「無分別智(その36)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その36。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[歯切れのよさとは無関係]

無分別智は、歯切れのよい言葉や態度として顕れることもあり、歯切れの悪い言葉や態度として顕れることもあります。 

すなわち、無分別智は、歯切れのよさとは無関係です。 

しかしながら、無分別智は、歯切れのよさとは無関係であるにもかかわらず、取り違えられることなく相手にはっきりと伝わるものであると(知る人は)知るのです。


*法津如来のコメント

このことに関しても、プロポーズの言葉に似ています。

プロポーズの言葉は歯切れのよい言葉で決めたいものですが、実際にはそのように上手く行かない場合も多いでしょう。

しかし、どんなに歯切れが悪くても、その人の気持ちがこもっていれば、かえってそれが相手に伝わるものです。

もちろん、歯切れのよい言葉もそれはそれで素晴らしいものですが。



「無分別智(その35)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その35。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[訂正・変更されない]

無分別智は、それが顕れたとき誰によっても訂正・変更されることはありません。 

勿論、無分別智を顕した本人も訂正・変更することはありません。 

無分別智は、一切の迷いを予め振り切ったところから、ずばり表明されるものであると(知る人は)知るからです。



*法津如来のコメント

無分別智は、それが表現された時点で、最高で唯一のものになります。

よって、それは訂正・変更はできないし、それをする必要となるのです。

囲碁や将棋で言えば、最善手となるのでしょう。




「無分別智(その34)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その34。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[使い回しできない]

無分別智は、その状況についてのみ有効な一回限りのものであり、他のいかなる局面に対してもそれをそのまま使い回しすることはできないものです。 

したがって、無分別智を知識化したり、事例化したりすることはできないのです。



*法津如来のコメント

無分別智は使い回しできないことは本当のことです。

この考えられる根拠は、初めとの認識のインパクトの強さにあるのでしょう。

このインパクトが人を解脱させるのでしょう。

このインパクトは、使い回されたものではできないのです。
ちょっとした例をあげれば、先日テレビで赤ちゃんが始めてアイスクリームを食べた時の映像が流されていました。赤ちゃんは一瞬動きが止まり、目を大きく見開いていました。

私の経験では、枝豆のお菓子が売り出されいた時があります。(今でも販売されているのでしょうか。)
それを食べた時、私はその枝豆の味が分からず、頭が真っ白になりました。枝豆は塩辛ものだと思っていたのに、それは甘いものだったからです。それに気がついたのはしばらくしてからでした。

初めての経験、初めての認識のインパクトの強さを考えれば、使い回しされたものにはインパクトはないのです。

無分別智は、その状況についてのみ有効な一回限りのものであります。


「無分別智(その33)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その33。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[唯一のもの]

無分別智は、その状況を解決することを目指して適用可能なあらゆる方法の中の最高のものであり、ただ一つの完全な方法なのです。 

それは、愛の表現としてのプロポーズの言葉に(ちょっと)似ています。 

プロポーズの言葉は、それ以外の言葉は考えられないものであるからです。 

もしそれで駄目であったとしても、他にはそれ以上の言葉は無いと分かっているからです。 

そして、プロポーズにおいては、それが相手に受け入れられずに悲しい結果を生むことがありますが、無分別智においては、常に喜ばしい結果しか生まないという特筆すべき特徴があるのです。


*法津如来のコメント

「無分別智は、その状況を解決することを目指して適用可能なあらゆる方法の中の最高のものであり、ただ一つの完全な方法なのです。」

これに関しては、SRKWブッダに多少の反論があります。

むしろ、無数にあると言っていいのです。

プロポーズの言葉もいろいろあっていいのです。どんな言葉も気持ちがあれば伝わります。

いろいろなブッダがいるように。


「無分別智(その32)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その32。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[命]

無分別智は、自然科学的にいう生命および生命活動、また仏教的にいう命(いのち)ということを直接の原因とせずに生じるものであると言えるでしょう。 

無分別智は、そのわずかな部分さえそれらに依拠して生じたとは考えられないと(知る人は)知るからです。 無分別智の清浄さという観点から見れば、それらは濁りを生む以外の何ものでもないと理解されるに至るからです。(法華経にいう五濁) 

つまり、無分別智は、少なくともその瞬間には命にもとづくこと無しに顕れ出るものであるからです。 

しかしながらその一方で、無分別智は命ということを通して(命という関わりの中で)顕れ出るものであることは間違いないことです。 

ですから、無分別智は、命のありさまを最初から最後まで否定するものではありませんが、それだけにこだわって命を超えたもの(作られざるもの,繰り返されないもの)を求めないならばついに無分別智を知ることはできないでしょう。
*法津如来のコメント

今回のテーマを次の問いで考えてみましょう。

自然治癒力は、無分別智に基づくものであるかどうか?

自然治癒力とは、生命自身の障害(傷や病気)を自分自身で治す力です。

これなしにはどんな薬も医学的な治療も生命は自分自身を治すことができないのです。

例えば、傷をしたとき、薬は傷の修復を妨害する細菌を防ぐことはできても、皮膚や筋肉、血管の修復はできないのです。これらはその生命の持つ自然治癒力によって修復されるのです。

手術をして問題の部分を取り去っても、その後手術による傷を自然治癒力で修復するのです。

多くの体の問題は、ほっておいても自然治癒力で解決します。

それらは、誠に見事のものです。

では、自然治癒力は無分別智に基づくものであると言えるでしょうか?

答えは否と言わざるをえません。

何故ならば、万能と思われる自然治癒力も死を止めることができないからです。

しかし、無分別智は死を克服します。


石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」

今回、著書『天才 富永仲基(独創の町人学者)』(釈 徹宗著・新潮新書刊)をもとに記事を書き進めて参りましたが、(その8)で終了となります。
著書の四割ほど『出定語後』の上巻までを色々書いてみましたが、まだまだ奥深い内容のある書物ですので、興味のある方は著書をお読み下さい。
 
私が、富永仲基の名前を知ったのは阿含宗時代のことで、今から40年程前になります。今回、偶然に釈 徹宗(しゃくてつしゅう)先生の著書に出合い、仲基とはどの様な人物であったか?を学ばせて頂きました。
 
富永仲基の名前を、後世に残す決定打となったのはやはり「大乗非仏説論」の先駆者として存在したというものです。大乗非仏説論は「国学者の平田篤胤(あつたね)の「出定笑語」などに大乗非仏説が発表され、国学者や神道学者による仏教攻撃の大きな原動力となりました。」(大白法「教学基礎講座」より引用)とあります。
 
平田篤胤は、安永5年(1776年)生まれ江戸時代後期の国学者です。富永仲基は、正徳五年(1715年)に生まれ、延享三年(1746年)に逝去しています
そう考えますと、平田篤胤(あつたね)が「出定笑語」を文化8年(1811年)に著し大乗非仏説を唱え、仏教を攻撃したのは仲基逝去後65年以上経過してからと推察出来ます。
 
余談ですが、平田篤胤が『出定後語』の理論を借用し『出定笑語』を著しましたが、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前(1820~1840年代)の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動・更には廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の思想原理になったと言われます。
                             
あくまで、仲基がまいた種がその後に国学者達の仏教批判を助け、近代における大乗非仏説論争の源流となったと言うことです。
 
仲基は思想家として、仏典の研究により従来から仏教界に存在する教相判釈を否定し、仏教経典はすべて加上されてきたものであり、経典には正しい成立順序があると主張しました。
その中で、仲基は『阿含経』などの初期経典にも加上があると考えていました。それらの研究の中で、仲基は、「間違った認識の上に成立した信仰・信心というのはおかしい」と声を上げたのです。 
       
仏教学者の中村元氏は、仲基の仏教経典の原典批判的検討を、日本思想史上に大きな影響を及ぼしたと考えます。・・・(以下、引用)
「しかし、仲基の仕事には、クリアすべき大きなハードルがあり、それは東アジアの仏教独特の事情であったことを喝破しています。それは何か・・・。「教相判釈」です。                                                               
教相判釈とは、「仏教の諸経典は釈尊一人で説いたという前提であったため、各経典間に矛盾が生じる。それをうまく解釈して、各経典にそれぞれ適当な位置を与える組織的体系のこと」です。
「彼は全勢力を傾けて、この古い組織的体系を破壊しなければならなかった」、そのように中村は言います。そして、「幾多の教相判釈の体系のうちで最も有力なものは、天台宗の五時八教である。だから彼は極力攻撃した」としています。」(以上、『天才 富永仲基』231~232頁から引用)
 
私の、阿含宗時代の師匠であった桐山靖雄は『阿含経』を依経として一宗を立てましたから、破壊すべき目標は、仲基と同じ天台大師智顗(ちぎ)の立てた教相判釈(五時八教)でした。
すでに江戸時代、その五時八教の教判を完全に論破した存在(富永仲基)が居たので、それを利用して自らの教学を補強したという経緯があるのです。
 
私も当時、一生懸命五時八教(阿含宗教学では五時教判(ごじきょうはん)と呼ぶ。)を勉強しました。だから、富永仲基の存在を覚えていたのです。
仲基が言うように、阿含経と言えど「加上」されているのですから釈尊直説とは言えません。釈尊直説は、厳密に言うと釈尊在世持の修行者のみということなります。
 
現在の師(SRKWブッダ)に出合い、大乗仏教の経典で覚りを得たことに正直驚きました。冷静に、経典成立の歴史を考えますと、純粋な釈尊直説など存在せず、全ての仏教経典は釈尊の思想の延長線上に出現し意味あるものであると考えたら、特段の拘りも胡散消滅してしまいます。
自らに因縁のある経典を信じ、「覚りの道」を追求する。・・・それが、何より大切なことです。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

石法如来の特別寄稿「富永仲基について。」の最終回になりました。

この最後の言葉は「自らに因縁のある経典を信じ、「覚りの道」を追求する。・・・それが、何より大切なことです。」

まったくその通りです。

次回は「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」を4回に分けて投稿してくださるそうです。
それらも楽しみにお待ちします。


「無分別智(その31)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その31。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[誓戒]

無分別智は、誓戒を守ることによって顕れ出るものではありません。 

無分別智は、誓戒を意識的に守るのではなく、

生まれながらにせよ後天的要素を含むにせよ予め誓戒を保っている人からのみ顕れ出るものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

ここで誓戒とは何か?

具体的に書いた方がわかりやすいでしょう。

誓戒を具体的に言うならば、自分を含めて相手もまた周りの人々も誰も悲しませないという心がけです。

無分別智は、この誓戒を意識的に守るというよりは、ひとりでに保っている人から顕れ出るのです。

無分別智は、これに反する発想や行為はできない人から顕れ出るのです。


「無分別智(その30)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その30。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[男女の区別は無い]

無分別智は、男女の区別無く顕れます。



*法津如来のコメント

無分別智が男女の区別無く顕れることは、男性のブッダも女性のブッダが世に出現したことでわかります。

彼らは、無分別智に基づく発言や行為をしているからです。

ここで特別に「男女の区別は無い」と記されていることは、過去はもちろん、現代においても女性差別の思想があるからです。

ただ、差別と区別は違います。

それぞれの特性があります。

男性のブッダも女性のブッダも必要なのです。


「無分別智(その28)、(その29)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その28、その29。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[知能に依らない]

無分別智は、知能の高低によってその顕れに差を生じるものではありません。
 
その証拠に、知能を論じる以前の年端もいかない子供から世に現れ出ることがあるからです。


[経験に依らない]

無分別智は、経験の多寡によってその顕れに差を生じるものではありません。
 
その証拠に、経験の浅い年端もいかない子供から世に現れ出ることもあり、経験豊富な老人から世に現れ出ることもあるからです。


*法津如来のコメント

今回は、「知能に依らない」と「経験に依らない」という二つの項目について引用しました。
両者とも、法の句(無分別智の現れ)を発する人が特別才能がある或いは経験があると言えない子供である場合がことが一つの根拠になっています。

SRKWブッダの場合は御自身の御長男(10歳前後)、私(法津如来)の場合は孫(9歳)でした。

私の場合には、まだ年端のいかない孫が、そのようなある意味大人じみた言葉を発するとは考えられませんでした。それでそれが法の句であると認識した記憶があります。

また、「経験豊富な老人(大人)」の例としては、法捗如来の場合はたしか彼女の母上の言葉であったと思います。また、石法如来の場合は育てのお父さん(叔父)であったはずです。

さて、本題とは異なりますが、今日は「仏教の日」です。

東京新聞によりますと「各国の仏教指導者らで構成する仏教最高会議(仏教サミット)では、仏教を開いた釈迦の誕生日とされる4月8日を「仏教の日」と制定しています。」なっています。

釈迦の誕生日に関しては、ウィキペディアによりますと次のようになっています。

「仏教は伝播の過程で、大きく南伝仏教(上座部仏教)・北伝仏教(大乗仏教)に分かれたが、釈迦の生誕日も両者で大きく異なっている。
南伝仏教では、ウェーサーカ祭にあたり、この日は釈迦の誕生・成道・入滅が起こった日とされている。
北伝仏教では、中国に仏教が伝来した際、インド暦2月15日がグレゴリオ暦に読み替えられ、4月8日が釈迦の生誕日とされたと考えられている。」

ちなみに、私の始めの孫の誕生日は本日です。


石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その7)」

『出定語後』の第八章で、仲基は「文化人類学的視点」を提示しています。すなわち、「俗」(ぞく)と仲基が名付けたものがそれです。「俗」は、文化特性や民俗や習俗の傾向を指し、「国に俗あり」と語り、「インドの俗は幻を好む(神秘主義的傾向が強い)」、「中国は文を好む(レトリック(美辞麗句・巧言)を重視する傾向が強い)」、「日本は秘を好む(隠蔽する傾向が強い)」と鋭い視点で評しています。
 
また、「インド人の習俗は幻術であり、漢人の文辞と同じである。そうしないと、民衆は信用しないのだ」と述べています。なかなか、面白い分析法です。
釈尊以前の宗教者達も、幻術を使って教えを広めたと彼(仲基)は語ります。だから、釈尊が加上によって自説を立てた際も神通(じんつう)をかりて広めるほかなかった・・・と。
 
面白い文章が載っています。(以下、引用)
「大衆部には『陀羅尼経』(だらにきょう)があり、『菩薩地持経』(ぼさつじじきょう)には四陀羅尼が説かれている。他にも経典には幻術の話が多い。それは、インド人が好むからである。また、弟子たちが釈迦の言葉と称して自説を立てて、加上していくのも幻術であり、六道輪廻も幻術であり、過去七仏も梵天勧請(ぼんてんかんじょう)も、すべて幻術である。」(以上、『天才 富永仲基』83頁から引用)
 
幻術とは、「人の目をくらますあやしく不思議な術」(「コトバンク」から引用)とありますから、幻の如く実体のないものを語り、さも実体があるかのように信じ込ませる。それが、布教伝道のための方便(目的のために用いられる便宜的手段など)だったのでしょう。
 
滑稽無糖な話を、単に馬鹿にするのではなく「それは性情(人間の性質と心情)であり、文化である」と捉え、自分の考えのみで批判するのは間違いであると指摘します。
確かに人間は、物事を判断するときに「自己の環境・思想など」を中心に思考を巡らしやすい生き物ですが、そうではなく広く民族的な嗜好にも着意しなければ間違えると言っているのです。
 
第十章には、興味深い文章があります。(以下、引用)
「釈迦が修行の末に、菩提樹の下で悟りを得たのは真実である。しかし、それ以前に三阿僧祇劫の修行があったというのは幻なのである。さらに無量劫とするのは、これぞ幻の中の幻である。」(『天才 富永仲基』89頁から引用)・・・経典には、目くらまし(幻術)が多いようです。
 
第十一章では、この様なことも言っています。「言葉というものは語る人によって変化し、バイアス(傾向や偏向)や制約を受ける」と・・・これを仲基は、「言に人あるなり」と表現しています。
更に、言葉は時代の制約を受ける(「言に世あるなり」)、すなわち時代の推移によって発音も変わるし、仏典翻訳者の用語も変わると述べています。時代の経過・変化とともに、仏典の内容も目にする風景と同じように変化することを教えているのです。
 
第十二章では、仏教思想で何かと問題になる「識」(しき)について語られます。「仏教の初期では、六根と六識が説かれていたが、次第に異部加上がなされていった」と。・・・異部加上とは、「各派がそれぞれ加上する」行為を言います。
 
さらに、(識と同様の意味に使われてきた)心(こころ)や意(い)は中国語であり、阿頼耶識(あらやしき・個人存在の根本にある、通常は意識されることのない識のこと)や、阿陀那識(あだなしき・深層の根源的な識である阿頼耶識の別名)は梵語であるため、その趣は異なるとします。
だから「うまく結びつかないので、書く言語の本意を知った上で理解すべきである」といった主張を述べています。
 
言葉は、本当に難しいです。同じ日本語でも、正しく伝えられるのは難しいのに、異なった言語の伝達は間違いが生じやすいです。仲基は、その辺のところ(言語と翻訳のずれ)について、きちんと意識していたようです。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

経典を理解する上で、インド人、中国人、日本人などの習俗を理解する必要があると言う指摘は確かに、面白い主張ですね。


「無分別智(その27)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その27。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[自力でも他力でもない]

無分別智は、自分ひとりで得られるものではありません。 

かといって、他力本願で得られるものでも無いのです。 

無分別智は、正しい熱望をもって人と関わる中で生じるものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

昨日の「法津如来のコメント」でも書きましたが、法の句(無分別智の現れ)は人から聞くものですから、自分ひとりで得られるものではありません。

また、無分別智は自分ひとりで完結するものではありません。他人との関係において現れるものです。

しかし、法の句を聞くのは自分です。また、無分別智にしたがって行うのは自分です。

というわけで、自力でも他力でもないのですが、自力も他力も必要です。



「無分別智(その26)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その26。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[瞑想の結果ではない]

無分別智は、いわゆる瞑想(メディテーション)の結果得られるものではありません。 

また、瞑想中に生じるものでもありません。 

無分別智は、いわゆる瞑想(メディテーション)とは無関係に生じたものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

いわゆる瞑想(メディテーション)は、いつも忙しく、慌ただしく生活している方には、1日に短時間(5分から10分くらい)はあってもよいでしょう。

しかし、1日に長時間(1時間以上)瞑想をするのは時間の無駄でしょう。

そのような時間があるのならば、他の仕事や勉強や趣味などに時間を活用した方が人生が豊かになるでしょう。

実は私は、睡眠3時間、食事や排泄など以外にはすべて瞑想をしていた時期もありました。

確かに、その時は心は落ち着いて穏やかになったような気がしていましたが、その状態から出て人と会い、人の声を聞き、話を始めると、心は元の状態にもどります。

心は全然変わっていなかったのです。

無分別智は二つありますが、両者ともいわゆる瞑想(メディテーション)の結果得られるものでないことはあきらかです。

一つは法の句(無分別智の現れ)は人から聞くものであり、もう一つは解脱者の行為に現れるものだからです。




「無分別智(その25)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その25。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm



[精神集中の結果ではない]

無分別智は、精神集中の結果得られるものではありません。 

無分別智は、精神統一の状態において顕現すると(知る人は)知るからです。 

現代的に表現すれば、完全なリラックス状態で顕れ、完全なるリラックス状態に安住せしめるものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

精神集中とは、意識の焦点を何かあるものに合わせることです。こうすると、あるものについては理解が深まり、そこに問題があれば解決できる場合があります。

しかし、世の中の問題はどこにあるかわからず、またよい解決方法も自分の考えの枠を超える場合が多いのです。

ですから精神集中では、無分別智は現れません。

精神統一とは、何か特別なものに意識を集中ということではなく、意識を落ち着いた安定した状態に保つことです。しかも、意識ははっきりした知覚状態になっているのです。

はっきりした知覚状態とは、心の汚れがなくなっている状態です。

このような状態の時に、無分別智があらわれます。

人間は完全なリラックス状態になるのは難しいのです。

心が汚れているために意識がはっきりした知覚状態になってなく、しかも心が絶えず外部刺激によって揺れ動いているからです。

心の汚れを取り去れば、外部刺激によって動揺しない、完全なリラックス状態を保てます。

最後に、参考になるダンマパダの偈372を紹介しましょう。


「明らかな知慧の無い人には精神の安定統一が無い。
精神の安定統一していない人には明らかな知慧が無い。

精神の安定統一と明らかな知慧とがそなわっている人こそ、すでにニルヴァーナの近くにいる。」



石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その6)」

『出定語後』の第四章には、本書の性格がよく表れています。決して、単なる仏教の批判書ではないことが理解出来ます。以下、各経典が築く世界の説明が種々異なることを列挙することで、いずれも元はシンプルな世界観であったものが、順次加上されていったと述べています。
 
(以下引用)
経典によって異なる理由について、「宋代の志磐(しばん・南宋代の天台宗の僧であり、仏教史家である。)は三つの視点から解釈している。つまり、①聞く人の能力・素質に合わせて説いた仏の教えだから(いわゆる対機説法)、②経典編纂の部派が異なるから、③中国に伝えられ翻訳された時代に差があるから、ということである。しかし、これではどれも信用できないではないか」と仲基は書いています。(以上、『天才 富永仲基』68頁から引用)
 
第五章では、「経蔵・律蔵・論蔵」のいわゆる三蔵について述べられています。それは、『増一阿含経』や『出曜経』(しゅつようぎょう)から三蔵が説かれた経緯に迫っているのですが。もともと小部(少ない)のものであったのが、後世の教団拡大に伴い膨大なものになったと説きます。ここで重要なのは、三蔵はいずれも後世に制作されたものであるという点です。
 
ここで仲基は、「偈」(げ・伽陀・偈頌)に注目します。「経(きょう)は体系だった教説であるのに対して、偈(げ)は個別的である。だから本来は経の部分が経典の中心であるはずなのに、むしろ偈が中心であるように見える。これは、中国の教学が楽器の調子に合わせて詠唱されてきたからだ」と推察します。
 
実際経典を読んでいると、偈のほうが長行(ちょうごう・経の部分)より読みやすく理解しやすいということを実感します。・・・成立に関しても、偈のほうが長行より先であることが研究で判明しています。
 
興味深いのは、偈の読誦は単に「記憶しやすい」から、などの利点だけではなく教えというのは素晴らしい歌唱に託されて説かれるものであると指摘しています。
確かに、古来から仏教は芸能と密接な関係があったと学んだことがあります。どんなに素晴らしい教えでも、庶民の生活から離れたものでは真の力を発揮することは出来ません。教えが、大衆の中に溶け込んでこそ生きて参ります。その為に、民俗的な祭りや芸能が発達したと考えられます。
 
第六章の冒頭では、「九分経・十二部経は一切経のことであるから、これを大乗と小乗に分けるのは誤りである」と述べています。ここで言う九分経とは、仏典を九つに分類する考え方と、十二に分類する考え方です。それらの、成立した時代差は大きくないようですが、九分経の方が先行していたようです。
 
ここでは、九分経や十二分経について記しませんが、この中にある「ジャータカ(本生話)=釈尊の前世を物語る」と「アバダ-ナ(過去世物語)=過去仏の世の出来事を物語る」は、説話形態となっており、様々な譬喩(ひゆ・ある物事を、類似または関係する他の物事を借りて表現すること。)をもちいて教えを説くことは、原始仏教以来盛んに行われました。
私自身は、過去世に関する物語に興味がないので読んだことはありませんが、それらの文献の存在を知っています。
 
興味深いのは、「ダルマパーナカ(法師)」の存在です。ダルマパーナカは、説法者であり仏教の「もの語り」が成熟した結果登場した人達で、大乗仏教の起源を解く鍵だと言えます。
 
おそらく、般若経系のダルマパーナカと法華経系のダルマパーナカ等が存在していた。・・・大乗仏教も、一つのムーブメント(政治上・社会上・芸術上などの運動)ではなく、いくつもの系統があったと考えられます。
 
第七章では、何度も天台宗の五時八教への言及があります。長期間にわたって編纂されてきた膨大な仏教経典の全てを釈尊一人に収斂させるならば、随所に論理破綻が起こります。
そこで、教相判釈が出来上がりますが有名なものとして、華厳宗の五教十宗や真言宗の顕密二教などがあります。
 
日本仏教で、最も有力な教相判釈は天台宗の五時八教です。仲基の、加上説にとってこの五時八教は何としても打ち破らなければならない大きな壁だったと考えられます。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

仲基にとって加上説とは、五時八教は何としても打ち破らなければならない大きな壁だったのですね。


「無分別智(その24)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その24。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[楽天的(悲観的)であるがゆえではない]

無分別智は、その人が楽天的な生活を送っているゆえに現出するものではありません。 

一方で、無分別智は、その人が悲観的な生活を送っているゆえに現出するものでもないのです。 

無分別智は、心無い(自分ならざる)いかなる生活からも現れることはなく、心ある正しい生活を送っている人からのみ現れるものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

楽天的な生活を送を送るということにも、悲観的な生活を送るということも、どこか作為があります。

無分別智というものは、作為のない自然な生活を送るということから生まれるのです。

SRKWブッダは「心無い」を「自分ならざる」とされております。

これは本来の心でない、つまり名称(ナーマ)と形態(ルーパ)で汚れた心であり、本来の自分ではないということであります。

無分別智は、本来の心から生活し、本来の自分にしたがって、自然に生活している人から生まれるのです。



「無分別智(その23)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その23。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[思いやりの気持ちからではない]

無分別智は、真実の意味で相手を思いやった結果顕れるものですが、思いやりの気持ちから顕れるものではありません。 

なぜなら、無分別智は、思いやったという気持ち無しに顕れるものであり、相手においても思いやってもらったという認識を生じることは無いからです。 

無分別智は、あくまでも互いに対等なるこころの下で顕れ出るものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

今回の引用の重要なポイントは、「無分別智は、あくまでも互いに対等なるこころの下で顕れ出る」ということです。

思いやりの気持ちというものも、やさしい気持ちではありますが、思いやる人と思いやりを受ける人という対等ではない状況があります。

例えば、法の句を発する人とその法の句を聞く人の関係は、まったく平等の関係があるのです。

法の句を発する人は、それを聞く人に対して思いやりの気持ちで言うわけではないのです。ただその局面でその言葉を言っただけです。

また法の句を聞く人も、その言葉を自分のために言ってもらったとは思わないのです。ただ聞いて、それが法の句であると認識したのです。



石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その5)」

『出定語後』には、色々な経典についても書かれています。まず『華厳経』(けごんきょう)についてですが、この経典は釈尊が覚りを得たのち「二週間の間に説かれた」や、同経の「宝王如来性起品」(ほうおうにょらいしょうきぼん)にある「太陽は一番高い山を照らす(『華厳経』こそ一番優れているという意味)」といった作者の言葉を信じて、この経を最上であると考えるのは誤りであると言います。
 
『華厳経』が、釈尊成道後すぐに説かれた教えであるとするのは、(その1)で書いた、天台大師智顗(ちぎ)による「五時八教説」(ごじはちきょうせつ)が最も良く知られています。
もう一度智顗の説をおさらいしますと、釈尊が覚りを得たのちに教えを説いた時期を五つに分けたと言う話です。
 
順序としては、①「華厳(けごん)時」・覚りの内容が少し難しい『華厳経』を説いた。②「鹿苑(ろくおん)時」・華厳の教えが難しすぎたので理解しやすい『阿含経』を説いた。③「方等 (ほうどう) 時」・『維摩経』(ゆいまきょう)『勝鬘経』(しょうまんきょう)などの大乗経典を説いた。④「般若(はんにゃ)時」・『般若経典』を説いた。⑤「法華涅槃(ほっけねはん)時」・『法華経』『涅槃経』を説いた。・・・智顗は、天台宗の人ですから釈尊が最後に説いたのは、『法華経』であることを強調したのはある意味当然です。
 
経典成立における、仲基の説は(その2)に示した通りですが、方法論として「諸伝本を比較考証して、正しい順序の経典を見いだそうとする」(テキスト・クリティーク)やり方で経典の成立順序を推測しました。
そして、仏典はさまざまな人の手によって生み出されてきたと主張するのです。これが、「加上」(かじょう)ということです。
 
『出定語後』の第一章の最後に、その「加上」を説く仲基の立ち位置と主張が明確に述べられている文があるので紹介します。(以下引用)
 
「【現代語訳】さて、諸教が興って分かれたのはみな本来、順次に加上したことによるものである。順次に加上するのでなければ、どうして教えが拡大し分かれようか。すなわちこれは、古今を通じて教えがたどる自然のすがたである。ところが、後世の学者はみな、いたずらに、諸教はすべて仏の金口より親しく説かれたものであり、阿難(あなん・アーナンダ)が親しく伝えたものだ、と思っている。ことに、これら諸教のうちにかえって数多くの分離と結合があることを知らないのである。また、残念なことではないか。」(以上、『天才 富永仲基』58~59頁から引用)
 
ここで仲基は、仏典はすべて「金口の直説」(釈尊が直接説いた教え)であり、それを聞いた阿難によって伝えられたものであるという、従来からある前提(説)を批判しています。
近代の仏教研究では、大乗仏教も一括り出来るようなものでないことはすでに判明しています。私達は、かつて起こったいくつもの派を「大乗仏教」と一まとめに総称しているだけなのです。
 
例えば、般若経典系のグループと法華経系のグループは、異なるであろうと考えられていますから、仲基の「大乗仏教も異なる系統があるのではないか」という推理そのものは的を得ています。
 
第二章では、「それぞれの仏教経典もある一つの立場であり、相違するのだ」と述べ、「それぞれの仏教経典は、特定のグループが自説を展開した結果生まれたものであり、けっして釈尊の直説ではない」という事実を語ります。現代においては、既に明白になっていることですが当時(300年前の江戸時代に)仲基は、膨大な仏典を解読することで独自にこの結論を導き出したと言えます。
 
その他、第二章では多くの大乗経典を取り上げていますが、大乗経典は小乗経典成立後に編纂されたものであることを述べ、小乗経典を低く評価することで自説(大乗経典)の優位性を主張しているのであると指摘しています。
 
第三章では、『大智度論』(だいちどろん・「大品 (だいほん) 般若経」の注釈書。100巻。龍樹(りゅうじゅ)著と伝えられる。)の中にある、「なぜ迦葉や阿難は『般若経典』を説かなかったのか」という問いと答えに注目しているようです。
このような問いが記述されていることで考えられるのは、「当時すでに、この疑い(『般若経典』は釈尊の直説ではない)があった」ということを断じています。
 
そして更に、「その実、阿難集むる所は、即ちわずかに阿含の数章のみ(実際に、阿難が聞き集めたところは、わずかに阿含経の数章だけである)」と語っているのです。
これは、現代の仏教研究と合致しており、私自身も長年阿含経(原始仏典)を学んできて実感する感想ですが、仲基の推論の正しさに驚いてしまいます。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。
「富永仲基について。(その5)」、だんだん佳境になりますね。


「無分別智(その22)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その22。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[悩み苦しんだ末ではない]

無分別智は、何にせよ、あれこれと悩み苦しんだ末に現出するものではありません。 

無分別智は、確かに最も悩ましい局面において、すなわち一大事の局面において顕れ出るものですが、そのような苦悩自体を最初から最後まで関係する誰もが感受しないで済むためにはどうすればよいかが、まるで予め分かっていたかのように現出する不可思議なるもの(超越したもの)であると(知る人は)知るからです。 

しかしながら、それはそのことを予め誰かが想定していたり、”この場合にはこれを用いればよい”というように前もって誰かが用意していた結果顕れ出るものではあり得ないと(知る人は)知るからです。 

つまり、無分別智は誰かが作為したものではあり得ないと(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

人間の悩み苦しみはいろいろありますが、病気の苦しみについて考えてみましょう。

人が病気になると病気の本人も親しい人々もあれこれ悩み苦しみ、医者にかかって病気を治そうとするのです。

そのような時は、病気を治せるかどうかしか発想できないのです。

悩み苦しんだ末ではないに生まれる知恵は、分別智といいます。

あえて言えば、無分別智は病気を治そうとしない智慧です。

病気になった時には、病気になるのが一番よいのです。

死ぬ時は、死ぬのが一番よいのです。

最近ある縁で、関東医療クリニック院長松本光正著「高血圧はほっとくのが一番」(講談社+α新書)を読みました。

この著者のいう通りですが、この考えを本当に受け入れるためには無分別智が必要です。



「無分別智(その21)」

(2021・4・1)「無分別智(その21)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その21。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[醸成された結果ではない]

無分別智は、いろいろな知識や(哲学的)見解、経験、見識などを一旦頭の中に詰め込んで寝かしておき、時とともにそれらが醸成されることによって生じたものではありません。 

無分別智は、自分のみならず、過去、現在、未来におけるいかなる人々が作為した結果生じたものではないと(知る人は)知るからです。(三種の明知)


*法津如来のコメント

ある知見が、いろいろな知識や(哲学的)見解、経験、見識などを一旦頭の中に詰め込んで寝かしておき、時とともにそれらが醸成されることはあります。

しかし、それは無分別智ではないのです。それらは人が作為したものです。

無分別智は、自分のみならず、過去、現在、未来におけるいかなる人々が作為した結果生じたものではないのです。

「三種の明知」については、SRKWブッダのホームページの理法「三種の明知」を参照してください。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou039.htm


本題から離れますが、昨日の朝、道端のバザーに並べられていたタイツリソウ(ケマンソウ=華鬘草)を始めて見ました。小さな鯛を釣っているような花でした。珍しかったので200円で買いました。それをなんとかこのブログに掲載したかったので、挑戦してみました。下の写真です。

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