こだわりを無くすこと

個人的こだわりも集団的こだわりも潜在意識に書き込まれいますので、

こだわりを無くそうと思っただけで、なおせません。

ではどうしたらよいか?

そもそも、潜在意識に書き込まれたことは、自分では気づけないのです。

はじめは、探偵や研究者ように始めるとよいでしょう。

しかし、彼らと異なることがあります。

かれらの問題は自分の外部のことがらです。

修行者の問題は自分自身の問題なのです。

問題の原因を外部に求めるのではなく、自分自身に向けるのです。

とは言っても、その際善悪の評価をしてはいけません。そうすると真実が見えなくなります。

もっと具体的に言えば、過去の出来事を思い出して、考察するのです。

そうすると、自分なりにいろいろ思い出して、ある結論がでます。

その結論は、その人の考え方(潜在意識)が反映しています。

私は過去に、いろいろな方のそのような結論を聞いてきましたが、

私から見れば、そのように思わなくても良いのではないかということが多数あります。

それを、私が指摘しても、それはなかなか納得できないのです。

自分自身で納得しなければ意味はないのです。

それに気づくには、何かのきっかけが必要です。

その最大のものが、善知識(善友)の発する法の句です。

それにより、ある時は発心し、ある時は解脱するのです。


この記事へのコメント

才木広之
2021年05月10日 13:02
ゴータマ・ブッダのことば

真理のことば

法句経

ダンマパダ375

これは、この世において明らかな知慧のある修行僧の初めのつとめである。_感官に気をくばり、満足し、戒律をつつしみ行い、怠らないで、浄らかに生きる善い友と付き合え。
才木広之
2021年05月10日 16:31
潜在意識と繰り返し書かれてるので説明します。

買い物に行くとします。

歩いて行くとします。

歩いてる時に、潜在的にあるのが、買い物にいく店です。目的地です。

買い物に行く為に歩いている事を忘れなら。

「何で歩いてるんだろう?」
「何処に行こうとしてたんだろう?」

となります

要するに、歩く事に気を付けてるのですが、潜在意識に目的地がある。

目的が潜在意識

その為の行動は今してる行動
才木広之
2021年05月10日 16:38
今日の私の二つのコメントを合理させれば

善友に会いに行く目的が潜在意識で

その為の行動を起こすならば

潜在意識も行動も善行為になるでしょう

又、自分の中の善友の自分(良心、優しさ)に会いに行く瞑想も善行為でしょう。
才木広之
2021年05月10日 16:52
潜在意識は何重にも重なっているでしょう

「なぜ歩いてるのか?」 と自問するなら

スーパーに買い物に行くためだ。

「なぜスーパーに買い物に行くのだ?」と自問するなら

生きていくためだ

「なぜ生きていくのだ?」と自問するなら

食べたい気持ちが起きるからだ

「なぜ食べたい気持ちが起きるのだ」と自問するなら

生きていたいからだ

生きていたいから、食べるために、スーパーに買い物に、歩いてるのだ。

と幾重にも重なってます

これ等が因縁であり、その因縁が輪廻してます。

才木広之は如来として、これ等からの解脱経験をされる事を潜在意識にし遂には解脱経験を貴殿方が得られますように

書いてます