「まことでないもの」と「まことであるもの」

今日はダンマパダから次の偈を引用します。

11 まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと)に達しない。

12 まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しい思いにしたがって、ついに真実(まこと)に達する。

この11偈と12偈で述べられていることは、少し順序立てて考えればわかることであり、その通りだとわかるでしょう。

しかし、この世の中には、まことではないものを、まことであると明らかに知りつつも、自分の欲や保身から、または義理人情にこじつけて、まことではないものを、まことであると見なす人々が少なからずいます。

これは論外ですが、まこと(真実)でないか、まこと(真実)であるか、自分で確かめずに人の判断や噂(マスコミ)に従って行動する人々も多いのです。

これでは、真実(まこと)に達しないのです。

今回、3回の石法如来の特別寄稿の内容は、自分で判断する材料を提供してくださいました。

新型コロナやそのワクチンに限らず、真実であるか、真実でないか確かめるべきことはたくさんあります。

自ら調べ、自ら考えるべきなのです。覚りへの道はそれが基礎になるのです。