いろいろな読者

このブログの読者はいろいろな方がおられます。

以前はテーラワーダ仏教の信者さんが多くおられましたが、そのような方は少なくなっているのではないでしょうか。

そのような方はスマナサーラ長老の説法を聞いておられ、テーラワーダ仏教の知識はかなり持たれていていましたが、大乗仏教については関心がなく、それどころかそれを否定する考えを持っておられました。

このブログでは大乗仏教の立場であるわけではありません。

私はテーラワーダ仏教の比丘(僧侶)ではありましたが、その教義では覚れないと確信しましたので、テーラワーダの比丘をやめました。

その理由は、仏教の開祖であるゴータマ・ブッダの教えの原点にもどり、テーラワーダ仏教や大乗仏教という考え方にとらわれず仏教の真髄を解くSRKWブッダの考え方に共感したからです。

そのために、SRKWブッダの支持者たちが多くおられるでしょう。

しかし、そのほかの縁でこのブログにたどり着く方も多くおられるのです。

それこそ、ラジオ体操の縁で時々このブログを読んでくれている方もおられます。

そのような方には、難しすぎてよくわからないとよくいわれます。

そのように言われると、何をどう書こうかと考えます。

先日5月23日にSRKWブッダは次のようにツイートしておられました。

「覚りは、最初から最後まで各自のことがらである。覚る人は、師なくして覚る。師があっても構わないが、たとえ師の言葉であってもそのままに鵜呑みしてはならない。」

確かにこの通りなので、このブログが何を書こうが、縁ある方は覚るでしょう。

だから、私は心配せずに、縁に従ってこのブログを書いていこうと思います。