慈栄のメール

昨日、慈栄様から次のようなメールを頂きましたので、それを引用します。

(以下引用)
法津様
いろいろな読者、との記事、拝読いたしました。
難しくて分からない方々へ、少しメールを書こうと思い立ちましたので、お送りいたします。

慈栄のメール

難しくて分からない方々へ

皆様、こんにちは^_^
慈栄と申します。

いろいろな読者と言う法津様の記事を拝読し、少し、覚りについて私なりの話し方で、話してみようと思い立ちました。
肝心な事は最初の段落に。
後に励ましの言葉を述べます。
ではどうぞ。

皆様は、覚悟と言う言葉をご存知でしょう。
覚悟が定まった時に、迷いが無くなります。
一つであり、二つではない、人の生き方の根本の義をおさめるので、その他のもの(=憂い)が無くなります。

人は、到達する以前は、覚りの事についてアレコレと思い浮かべたり、或いは否定的に思い為したり、更には無視したりしていますが、覚りの本当のところを知りません。しかしながら、にも関わらず、その様であって覚りについて迷っていても、或いは覚りについて勘違いしていても、こころに自らの未達を知る人が、真実のところに到達したいとこころから望むのであるならば、その人にはやはり、覚りへの道はひらけていると言えるのです。

ですから、自分を信じて、自分の本心を問うて、次第に明らかになる自身の本当の望みが、嘘偽りないものであり、恥ずかしくも憚るものでも無く、かと言って誇示するものでもなく、ただそれが、一つ望むものであるとの決心を為すならば、それは貴方に顕現される。

覚りは、人によいものをもたらし、悪いものを無くします。よいことが起こる様になり、悪い事は遠ざかる様になります。それは一重に貴方(覚る人)の決心が、邪ではない、浄らかで本義たるものだからです。

そして覚りで何より良いのは、胸の、心の静まりを得られると言うところでしょうか。
障壁の無くなった世界で静まりを得ることは、大変素晴らしいことです。

皆様。
覚りを、難しいからと思って諦めるのは、勿体ないことです。しかし、無理をして取り組むものではありません。
覚りは難しいと感じることが、そもそも思い込みである可能性も考慮して欲しいと思います。
覚りが容易では無いのはそうなのですが、覚りは当然のものです。
皆様も、自分の本心を知ろうと求めつつ、その本心はどちらに向いているだろうか?と思ってみてください。自分で自分を裏切ることなく、自分との信頼を築いて確固たるものとしてください。

では、お気をつけて。
よい旅を^_^


  慈栄

(以上引用)