石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その2)

医者は、患者の不安を煽ってお金を稼ぐ・・・この構図は、今世間を席巻し恐怖に陥れている新型コロナウィルス感染症でも同じことが言えます。
医者は、基本的に「脅す・煽る」のを習性としていますから、その様な人物たち(新型コロナウイルス感染症対策分科会)に国家の意思決定を委ねたら道を誤らせることに繋がります。
 
先輩のガン死の場合、年齢が40歳そこそこと若く職場の定期検診拒否や、ガン治療を拒否することなど考えられません。私の考えは、ごく少数者の意見であり決して多数意見ではありません。
 
働き盛りの人間にガン死が多いのは、自衛官現役時代でも亡くなった人を見てきましたから間違いない事実です。
ガンの場合、「早期発見」とよく言われますが、目に見えるくらいの大きさになるには既に10年ほど経過しており、そのガンを発見して果たして早期と言えるかどうかは疑問です。
 
またガンに関して言うと、細胞をとって検査(精査)しても(細胞の)顔つき?だけでは判断が難しいようで、近藤誠医師の著書によるとガン治療で治癒回復する患者は大抵ガンもどき(ガン細胞に見える正常細胞)であり、他の臓器に転移しているガン細胞はどの様な治療をしても治癒しない(命を取られる)ので、それならば余計な治療(手術・抗がん剤・放射線)を受けないで放置し、QOL(クオリティ・オブ・ライフ・生活の質)を高めていた方が長生きできると言います。
 
ただ、この種の問題はある意味「信仰」と同じで根深いものがあり、考えを変更させるのは難しいのです。これらは、宗教や薬の服用などにも同じような現象が見られます。
難しさの原因は、その人の基本的な考え方=人生観に基づいて形成されているからです。
 
私が今までの人生の中で、個人的に「安らかな死」だと感心した出来事を書きます。最初は、私の義父(妻の父親)の叔父にあたる人物で八十代半ばで亡くなりました。
叔父さんの妻(叔母)が、その半年ほど前に亡くなっていたので当時独居老人でした。周りには親戚縁者の家が数軒あり、全く目が届かない状態でなかったことがある意味幸いしました。
 
「そう言えば、ここ数日おじさん見かけないね」と、誰かが気が付き鍵のかかっている玄関を何とかこじ開けて中に入ると、その叔父さんは布団の中で眠るように亡くなっていました。
ただ眠るように亡くなっていたなら、記憶に残るような出来事とは言えませんが私自身現場を見て驚いた記憶があります。
 
その部屋の壁には、般若心経を写経した大きな紙が壁一面に下げられ、枕元の机上には花が生けて置かれていたのです。
その叔父さんは、信仰心の塊のような人でした。聞くところによると、若いころから信仰心が厚く市内のお寺から生前戒名を頂いていたようです。また、一時期「生長の家」という宗教団体で一生懸命活動を行っていたようですが、特段その知識や自分自身の業績をひけらかすような人ではありませんでした。
 
笑い話に聞こえますが、毎朝早くに起きて「世界平和」を2時間くらい祈っていたそうです。それを許した奥様も立派?ですが、続けた叔父さんも普通の人ではなかったようです。
私も、仏教に関心があり叔父さんとはよく話をしましたが、強烈な個性を持ち合わせない、どちらかというと静かで穏やかで目立たない人でした。
 
叔父さんは、大正生まれですから当然先の戦争経験者ですが、戦争の話や兵隊に行った話など全く聞いたことがありませんから、どのような青春時代を送っていたかは不明です。
ただ、そこの家は奥様がしっかりした働き者で、女一人で生活を支えたという話は聞いたことがあります。
 
その叔父さんに、何か病気があったとか長く入院していたという話を聞いたことはありませんから、健康に恵まれた身体だったようです。
そう言えば昔、『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一著・幻冬舎新書・2012年1月出版)という著書を読んだことがありますが、逆説的ですが健康を維持するためにはなるべく医療に関わらない方が良いようです。
 
私の養父も93歳で亡くなりましたが、高齢者施設に入所するまで病気で入院したという話は聞いたことがありません。私自身の経験ですが、60歳の時に「痔瘻」(じろう)を患い手術を受けましたが、それ以降全力で走ることが全く出来なくなりました。
身体にメスを入れると、大なり小なり機能不全に陥ることは間違いありません。身体的な因縁ということもありますが、健康こそ宝ですから大切にしなければいけません。


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

「『穏やかな死』と医療問題」の7回シリーズの2回目です。