kassii 長老の心解脱と公案

昨日予告しましたように、今日は kassii 長老について、その心解脱の経緯を「覚りの境地(2019改訂版)」(p187~p189)から引用して、紹介します。

(以下引用)

kassii(ハンドルネーム) は、心解脱(初期)を果たして長老となった。かれは、私の弟 子の一人であるが、私が提示したいわゆる公案を通過して心解脱の証たる「その表象」を 得たのである。

心解脱とは、名称 (nama) の解脱を指す。人が心解脱を果たすと、かれはもう人間関係 で苦悩することがなくなる。名称 (nama) 作用を超えた「その表象」がかれの行為におい て戒として働き、理法に適わない行為を為すことがなくなるからである。

さて、公案とは本来それを通過すれば覚りを開いたと認められる関門を言葉による問 題として提示したものである。しかしながら、公案の発祥の地である中国ではそれに即 した公案はほとんど提示されなかった。と言うのは、中国の修行者たちは未だ解脱して いない者を解脱者だと思いなし、仏でも何でもない俗人や気ちがいを仏だと見なしてし まったからである。

公案は、「仏ならばこのように振る舞う」という具体例を文章化したものであり、その 意味を理解できるのは仏だけ (解脱した人だけ) であるという考えから作られた。中国の 祖師たちが自分の法を弟子に相伝するのに用いようとしたものである。

しかしながら、中 国で真に覚りを開いた人は慧能ブッダだけであり、かれは公案を作ることはなかったの で、中国には実は公案は存在していない。それでも公案に一定の意義があるとすれば、そ の正しくない公案がまぐれ当たり的に公案としての意味を持つものが存在するというこ とである。つまり、公案の作成者の意図とは別にその文章が公案として一応の成立を見 せているものがあるのである。

さて、公案は日本の仏教者たちにも引き継がれた。その 中に公案と呼ぶのに相応しいものがいくつかある。そのような公案をさらに発展させて SRKW ブッダ独自の公案を提示した。それを kassii が解いたので、kassii の心解脱(初期) を認定したのである。これが kassii の心解脱の経緯である。

(以上引用)

kassii 長老は東京在住なので、私も何度かお会いしておりましたが、最近は新型コロナの影響で、それがでいないでご無沙汰しております。普通の勤め人で、子煩悩な好青年です。

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