個人的こだわりと集団的こだわり

個人的こだわりと集団的こだわりは私の勝手な造語です。

こだわりについて考えていて、4月28日の石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その2)」を思い出しました。
https://76263383.at.webry.info/202104/article_40.html

個人的こだわりや集団的こだわりはどのように形成されるのでしょうか?

幼少期の親から影響や家庭環境や個人の経験など影響が大きいでしょう。それが個人的なこだわりを形成しています。

また、今回の新型コロナにまつわる出来事は、全世界の人々の心に大きな影響を与え、集団的なこだわりを作っています。

すでに、全人類に与えた歴史的な出来事も集団的こだわりを作っていたのでしょう。

このように考えると、このブログで繰り返し述べている名称(ナーマ)と形態(ルーパ)との関連がわかりやすくなります。

名称(ナーマ)とは個人的こだわりだったのです。

また、形態(ルーパ)とは集団的こだわりだったのです。

このようなこだわりが個人と人類の自由を束縛し、苦しめているのです。

このことがわかれば、次はいかにこれらのこだわりから解放かが問題です。