石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その3)

私自身が遭遇した、「安らかな死」の2例目は養母です。彼女は、八十三歳まで生きたのですが「この様な死に方もあるのか?」という感じの最後でした。
養母は、養父の興した事業(公衆浴場)を手伝い、死ぬまで働いた人でした。死ぬ原因となったのは、加齢にともない出てきた認知症です。
 
養母は、亡くなる数ヶ月前に風邪を引いたらしく自宅にあった薬を服用したようです。認知症の進行により、「薬の服用を忘れ」薬の問屋が自宅に置いていた(いわゆる、置き薬)薬を一箱全て飲んでしまい、肝臓にダメージを受け体調不良のため入院することになったのです。
 
病院は、完全看護で管理も行き届いており全く問題はありません。私は、毎週釧路から養母の住む別海町の病院にお見舞いに通いました。
結局、一ヶ月半ほど入院していたのですが、結果的に私が最後の見舞客となりました。それが何故分かるかと申しますと、私が自宅に戻ったら「養母が亡くなった」という連絡を受けたと妻が言ったからです。
 
私が、病院に1時間ほど居て色々話をし帰るとき養母は病室の入り口付近まで見送りに来て、私が「また来るね」と言ったら笑顔で「また来いよ」と返事をしました。
それが最後の会話で、彼女はそのまま自分のベッドに戻り眠りについたそうです。寝ている姿を、同室の人が見て「全く動かないからおかしい」と看護師さんを呼び、呼吸をしていないのでドクターに来てもらい死亡が確認されたそうで「その間、わずか30分以内」の出来事だったそうです。
 
要は、私が別れの挨拶をして30分以内に「安らかに息を引き取った」という事ですが、私にすれば全く信じられない出来事でした。
病院は完全看護で、関係者の目も行き届いています。その様な状況の中では、極論すれば「死にたくても死ねない環境にある」はずです。
 
それが、「あっけなく亡くなった」ということに衝撃を受けたのです。そこで、間違えてもらいたくないのは、私は医療上の不手際を指摘している訳でも、親の死を悲しんでいる訳でもありません。
簡単に「死ぬことが出来た」という、その事実に驚いたのです。
 
人間の「死」に関して、次のような文章があります。(以下、引用)
「(簡単に死ねない時代)むかしから長生きがそれほどよいものでないことは、若い世代にあまり伝えられてきませんでした。これから人生を楽しもうとしている若者に、長生きはよくないなどと言ってもいやがられるだけだから、老人が口を閉ざしてきたのでしょう。あるいは若者が聞く耳を持たなかったのか。
 
実際、長生きをした老人の中には、それを後悔したり不愉快に思ったりした人が少なからずいたはずです。でも、むかしは適当に死んでいたから、それほど悔いも大きくならずにすんだ。
 
しかし今はちがいます。どんなにつらい長生きでも、延々と生きなければなりません。あるいは死が迫ってきても、なかなかすんなりと彼岸へ渡れません。医学が進歩したからです。
先日、友人の父上が亡くなりました。敗血症から多臓器不全になり、集中治療室で一ヶ月半、濃厚治療を受けた末の死でした。
 
人工呼吸、器官切開、導尿カテーテルの留置、高カロリー輸液、抗生物質の多剤投与、凍結血漿、強心剤、ステロイドなどの点滴、最後は人工透析まで行われ、今時めずらしい全身チューブだらけの死だったそうです。
 
危篤の知らせを受け、友人は大阪から何度も入院先の静岡の病院に駆けつけました。そのたびに濃厚治療で持ち直し、中途半端なまま帰宅。何度目かの危機を脱出したあと、彼はしみじみ言いました。「今は簡単に死ねない時代やなぁ」どうせだめならもっと楽に、という思いもあったのでしょう。
 
しかし、万が一にも助かる見込みがあるなら、ベストを尽くすべきだと主張する人は多いはずです。その一方で、臨床の現場で多くの死に接している医師たちは、往々にして自分のやっていることが無意味であったり、有害であると感じているものです。」(以上、『日本人の死に時』(そんなに長生きしたいですか)日下部洋著・幻冬舎新書・57~58頁引用)


*法津如来のコメント

今回のテーマも重いテーマです。

じっくり考えてください。